- 【著者プロフィール】 相坂ソウタ あいさか そうた AIライター
- こんにちは、相坂ソウタです。AIやテクノロジーの話題を、できるだけ身近に感じてもらえるよう工夫しながら記事を書いています。今は「人とAIが協力してつくる未来」にワクワクしながら執筆中。コーヒーとガジェット巡りが大好きです。
- 【著者プロフィール】 柳谷智宣 Yanagiya Tomonori 監修
- ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。
📌 この記事の要約
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Claudeは生成テキストへ不可視の透かしを導入 2026年8月2日以降に登場する対応モデルを対象に、EUだけでなく全世界でマーキングを適用します。
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透かしの正体は「単語選びの統計的な癖」 候補トークンをグリーンリストとレッドリストに分け、文章の意味を崩さない範囲で緑側を選ばれやすくします。
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検出は緑側のトークン数を統計的に判定 同じ方法でリストを再現し、緑側が不自然に多いかをz検定で調べます。
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検出結果は著者の証明にはならない 校正や翻訳でも透かしが付く可能性があり、編集や短文では信号が弱まるため、結果はあくまで手がかりです。
『Anthropic』が2026年8月11日、『Claude』の生成テキストに人の目では見えない透かしを埋め込む方針を公表しました。EU AI法第50条2項の行動規範に署名したことを受けた対応で、適用先はEU域内に限らず、『Claude』が提供されるすべての地域に及びます。文章に透かしが入ると聞いて、多くの人が同じ疑問を抱いたのではないでしょうか。画像なら分かるとして、ただの文字列にどうやって透かしを仕込むのでしょう。
Anthropicが公開した、Claudeの生成物へのマーキングに関する説明ページです。
全世界へ一律に適用されるClaudeのマーキング
EU AI法第50条の透明性義務が、2026年8月2日から適用されました。違反した場合の制裁金は最大1500万ユーロ、または全世界の年間売上高の3%のいずれか高いほうと莫大な金額です。欧州委員会とAI理事会が適切と評価した行動規範に署名すれば適合性を示せますが、署名しない事業者は別の手段で自力で証明することになります。『Anthropic』が署名したのは、こうした状況下でのことでした。
画像やイラストのようなファイルについては、C2PA標準に沿った署名付きの来歴情報を付ける形で対応します。SVGやPNG、JPGが対象で、生成元の記録に加えて後から改ざんされていないかも確認できます。すでに各社が取り組んできた領域です。
難しいのはテキストです。C2PAはファイルに付随する情報なので、テキストには付与できません。生成された文章がファイルの形を取らずに流通する以上、別の手段が要ります。『Anthropic』が選んだのは、モデルが文章を生成する段階で、人には知覚できない透かしを文章そのものへ織り込む方法でした。テキストの一部として埋め込まれるため、コピー&ペーストしても付いて回り、多少の編集を経ても残る場合があります。
適用が始まるのは、2026年8月2日以降にリリースされるモデルからです。それより前に登場したモデルには法律上の移行期間が設けられており、『Anthropic』は対応を進めているとしながらも時期を示していません。現在使われている『Claude』の出力すべてに透かしが入っていると考えるのは、まだ早いということになります。
注目したいのは適用範囲の広さでしょう。EUの規範は、他の地域向けに生成されたテキストへのマーキングまで求めてはいません。それでも『Anthropic』は、『Claude』が提供される全世界に適用しました。範囲は『Claude Platform』のAPIや『Claude』『Claude Code』『Claude Cowork』『Claude Tag』に及び、『AWS』や『Google Cloud』『Microsoft Foundry』経由の利用も含まれます。原則を貫いたと解釈するか、推論の経路を2系統に分けたくなかったと解釈するかは分かれますが、透かしの入らない地域が存在しないという結果は変わりません。
日本には、AI生成物であることの開示を求める一般的な法規定がありません。表示義務を負わない国のユーザーが、EUの制度に合わせた透かしだけを負担する構図になります。とばっちりと言えばそのとおりで、規制のグローバル化がもたらす典型的な副作用と言えるでしょう。
ヘルプでは対象となるモデルや製品、クラウド、地域が項目ごとに整理されています。
テキスト透かしをめぐって分かれた3社の対応
『Google DeepMind』の研究チームは2024年10月に『Nature』誌へ論文を発表し、『SynthID-Text』という方式を『Gemini』と『Gemini Advanced』で稼働させていることを明らかにしました。大規模な生成テキスト透かしの実運用としては世界初とされています。本番環境で約2000万件の応答を透かしの有無で比較したところ、高評価率の差は0.01%、低評価率の差は0.02%で、いずれも統計的に有意ではありませんでした。品質への影響が実測で否定された例は、テキスト透かしの研究では珍しいものです。
『OpenAI』は2026年5月に画像への『SynthID』透かしとC2PAメタデータの付与を始め、7月末には音声へも対象を広げました。検証ツールを一般公開し、開発者が自社のワークフローへ組み込めるAPIまで用意しています。ただし、まだテキストには対応していません。書き直しや翻訳で容易に無効化できるという技術的な理由を挙げ、実装を見送ってきた経緯があります。
テキストへ透かしを入れているのは『Google』と『Anthropic』、検出手段を広く公開しているのは『OpenAI』という、ねじれた構図になっています。『Anthropic』は検出の仕組みを今後の技術文書で公開するとしていますが、8月12日時点でツールは出ていません。『Google』の検証ポータルも報道関係者や研究者向けの待機リスト経由にとどまります。
検出機能が誰でも使えるようになれば、透かしを消したい側はマークが出なくなるまで書き換えを繰り返せてしまいます。かといって閉じたままにすれば、透かしが本当に機能しているのかを外部が検証できません。どちらにも難があるというジレンマです。
校正や翻訳、要約に『Claude』を使った場合、着想も文章も人間のものであったとしてもAIマークが付く可能性があります。この点は『Anthropic』自身がヘルプセンターに明記しています。しかも透かしはモデル階層で適用されるため、有料プランへ移れば外せるという類のものでもありません。
OpenAIは画像と音声に対応しましたが、テキストは対象に含まれていません。
語彙を緑と赤に分けて単語の選び方を偏らせる
メリーランド大学のJohn Kirchenbauer氏らが2023年に発表した論文『A Watermark for Large Language Models(大規模言語モデルのための透かし)』が、仕組みを最初に体系化しました。同年のICMLで発表され、以降の研究のほとんどが出発点として参照している基本文献です。
透かしと聞くと、目に見えない特殊文字を紛れ込ませる方法を想像するかもしれません。実際に使われているのは、まったく別の発想です。
大規模言語モデルは文章を一語ずつ、先頭から順に書き足していきます。語彙のなかの各トークンに確率を割り当て、その分布に従って次の一語を選ぶ処理を、延々と繰り返しているわけです。透かしは、選ぶ瞬間に介入します。
直前のトークンをハッシュ関数に通して乱数の種を作り、種を使って語彙全体をランダムに2つのグループへ分けます。片方が「グリーンリスト」、もう片方が「レッドリスト」です。次の一語を選ぶとき、グリーンリスト側をほんの少しだけ選ばれやすくします。分け方は一語ごとに総入れ替えになるため、直前の単語が変われば種も変わり、緑と赤の中身がまるごと変わります。外から眺めても、どの単語が優遇されているのかは分かりません。
レッドリストの単語を絶対に使わせない設計にすると無理が生じます。論文が挙げている例で言えば、「Barack」に続く単語はほぼ確実に「Obama」です。「Obama」がたまたま赤側に入っていたら、モデルは正解を書けなくなってしまいます。
そこで赤を禁止せず、緑側の単語のスコアへ一定の値を足すだけの「ソフト」な方式が採られました。次の一語がほぼ一択に決まっている場面では、もともとの値が圧倒的に大きいので、少々の下駄では順位が動きません。候補が多く迷いのある場面では下駄が効き、緑側へ大きく傾きます。書き換えても差し支えない箇所を自動的に選んで透かしを入れる設計です。埋め込まれているのは文字ではなく、単語選びの癖なのです。
緑側のスコアへ一定の値を足すだけにすることで、続きがほぼ決まっている場面では透かしが働かないようになっています。
緑が多すぎる状態を統計的に判定する検出の側
文章を受け取ったら、同じハッシュ関数と乱数生成器でグリーンリストを再現し、緑の単語が何個含まれているかを数えます。検出の手続きはそれだけです。人間が書いた文章なら緑と赤はおよそ半々になるはずなので、緑が多すぎればモデルが書いたと判定できます。
判定には一比率のz検定を使います。閾値をz=4に置いた場合、人間の文章を誤って機械生成と判定する確率は3×10のマイナス5乗、およそ10万分の3にとどまります。論文の冒頭には実例が載っており、透かしなしの文章は56トークンでz値0.31、p値0.38と有意差なし。透かし入りの文章は36トークンでz値7.4、p値6×10のマイナス14乗まで下がりました。人間が書いたなら緑の単語は9個程度のはずが、28個含まれていた計算になります。
検出に元の言語モデルをまったく動かさなくてよい点も、実用上は大きな利点です。ハッシュ関数と乱数生成器さえ分かっていれば手元で検証でき、モデル本体を非公開のままにしつつ検出アルゴリズムだけを開く運用も成立します。
1000トークンの文章から透かしを取り除くには、おおむね4分の1以上の単語を書き換える必要があると論文は試算しています。書き換えた単語が後続の乱数の種にも波及するため、透かしを消すのに最も効率のよい単語を選んで書き換えたとしても、z値は高いまま残ります。
弱点は、続きがほぼ決まっている文章、つまりエントロピーの低い文章に透かしが入らないことです。論文の失敗例を見ると、検出できなかったのは学習データをほぼそのまま再現しているケースや、日付や時刻のような定型的な書式が続くケースでした。モデルが自信を持って書いた文章ほど透かしが薄くなるという、皮肉な性質です。
別の言語モデルで単語を機械的に置き換える実験も行われています。置き換え率10%なら検出性能の低下はごくわずかでしたが、30%まで上げると透かしはかなり弱まりました。代償として、置き換え後の文章は困惑度が3倍に悪化しています。透かしは消せますが、消したときには文章の質も一緒に失われます。
透かし入りの文章は緑の単語が突出して多くなり、p値は6×10のマイナス14乗まで下がりました。
検出できることと証明できることの間にある距離
マークが検出されても、『Claude』が原著者であることの証明にはなりません。校正や翻訳、ファイル変換に使った場合でも透かしは付くからです。検出されなかったからといって人間が書いた証拠にもなりません。大幅に手を入れた文章や短すぎる文章では信号が残らないためです。出てくるのは弱い陽性の手がかりであって、判定でも証明でもありません。『Anthropic』自身がヘルプセンターに書いている限界です。
問題は、手がかりにすぎないものが現場では判定として扱われかねないことです。かつてAI検出ツールが精度不足のまま学校で運用され、混乱を招いた経験があります。Kirchenbauer氏らの論文も、従来型の事後検出は非ネイティブ話者や執筆支援ツールの利用者を誤って疑いやすいと指摘していました。
前述のとおり、日本には開示を求める法規定がありません。それでも透かしは入ります。たとえば下書きをAIに任せ、人間が全面的に手を入れて仕上げた原稿があったとして、書き換えの度合いによっては透かしが残ります。検出ツールが公開されれば、その原稿は「AI生成」と判定されるかもしれません。影響は僕のようなライターにとどまりません。企画書やメールの下書きをAIに手伝わせているビジネスパーソンなら、誰でも同じ立場に置かれます。
透かしの技術そのものは3年以上前に論文で公開され、コードも誰でも読める状態にありました。今回変わったのは技術ではなく制度のほうです。生成物の出所を機械が追えるようにしておくというEU AI法の狙いは理解できますし、フェイクニュースや大量生成された偽情報への備えとして必要な方向でもあるでしょう。
ただ、透かしが示すのは「Claudeを通ったかどうか」であって、誰が考えて誰が仕上げたかではありません。この違いが共有されないまま検出ツールが出回れば、現場は間違いなく混乱します。精度不足のAI検出ツールが学校で引き起こした騒動を、規模を大きくしてもう一度なぞることになりかねません。
鍵を握るのは検出ツールの設計でしょう。判定を白か黒かで返すのか、どの程度の確からしさなのかを添えるのか。透かしが示せる範囲を、結果と一緒に伝えられるのか。いたずらに冤罪被害を生まないような配慮を期待したいところです。
テキスト透かしは単語選択へ統計的な癖を埋め込みますが、検出結果は著者の証明ではありません。
