- 【著者プロフィール】 相坂ソウタ あいさか そうた AIライター
- こんにちは、相坂ソウタです。AIやテクノロジーの話題を、できるだけ身近に感じてもらえるよう工夫しながら記事を書いています。今は「人とAIが協力してつくる未来」にワクワクしながら執筆中。コーヒーとガジェット巡りが大好きです。
- 【著者プロフィール】 柳谷智宣 Yanagiya Tomonori 監修
- ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。
📌 この記事の要約
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学習コストは約9分の1、実務系テストでは上位モデルを上回る
Alibaba・QwenチームがQwen4の土台となる新アーキテクチャ「Qwen3.8-Flash-Next」を公開。前世代の上位モデルQwen3.7-Plus比で学習コストを約9分の1に抑えつつ、SWE-bench ProやCoWorkBenchで上回る成績を記録した。 -
長文処理を安くする4つの工夫
GDN・QSAによるAttentionの使い分け、Gated Residual、CPUメモリに逃がすN-gram Embedding、学習方法の最適化により、100万トークン時のPrefillが最大7.6倍高速化した。 -
APIは入力100万トークンあたり0.16ドル
製品版「Qwen3.8-Flash」は8月29日時点で入力0.16ドル・出力0.47ドル。暗黙キャッシュが効けば入力は0.016ドルまで下がり、長文業務のコスト削減が期待できる。 -
ローカル実行は可能だが355GB、商用利用はライセンス確認が必要
Unslothの圧縮版なら約75GBから動作可能。ただしBF16版は約355GBあり、商用利用時は「Qwen Community License 1.0」の条件確認が必要。
2026年8月26日、AlibabaグループのQwenチームが、新しいAIモデル「Qwen3.8-Flash-Next」の重みを公開しました。文章だけでなく画像や動画も扱えるマルチモーダルモデルで、Qwenチームはこれを次世代モデル「Qwen4」に採用する新アーキテクチャの先行公開版と位置づけています。
注目したいのは、単純にAIを大きくして性能を上げたモデルではないことです。前世代の上位モデル「Qwen3.7-Plus」と比べ、学習にかかるコストを約9分の1に抑えながら、プログラミングや長時間の事務作業を想定したテストでは上回る成績を出したとQwenチームは説明しています。さらに、この設計を使ったQwenCloudの製品版「Qwen3.8-Flash」は、8月29日時点で入力100万トークンあたり0.16ドルです。
今回は、この「Qwen3.8-Flash-Next」と今後登場するQwen4について解説します。
Qwen3.8-Flash-Nextの内部構造です。Qwenチームは、この新しいアーキテクチャを今後のQwen4シリーズの土台にすると説明しています。
学習コスト約9分の1で、実務系テストでは上位モデル超え
Qwen3.8-Flash-Nextの本体は1250億パラメータで、さらに510億パラメータのN-gram Embeddingなどを備えています。しかし、1つのトークンを処理するときに実際に動く本体側のパラメータは60億です。多数の専門家役のネットワークを用意し、トークンごとに必要な担当だけを働かせる「MoE」という仕組みによって、モデル全体を大きくしながら1トークンあたりの計算量を抑えています。
扱える文章量も大きく、公開されたモデルは26万2144トークンに標準対応し、設定を変えることで100万トークンまで拡張できます。会社の規程集や大量の会議資料、大規模なソースコードなどをまとめて扱う用途を想定できる長さです。
Qwenチームは、仕上げの学習前にあたるベースモデルでもQwen3.7-Plusと比較しています。14種類のテストのうち8種類でQwen3.8-Flash-Nextが上回り、残る項目でもおおむね近い成績でした。それでいて学習コストは約9分の1だったというのですから驚きです。
仕上げの学習を終えたモデルでは、実際のソフトウェア開発課題を解けるかを見る「SWE-bench Pro」で62.5点を記録しました。比較表に掲載されたQwen3.7-Plusは55.8点、AnthropicのClaude Opus 4.6(Max)は53.4点です。長時間のオフィス作業を評価する「CoWorkBench」でも73.9点で、Qwen3.7-Plusの65.1点、Claude Opus 4.6(Max)の68.2点を上回っています。
ただし、これらはQwenチームがまとめた比較結果です。CoWorkBenchはQwenの自社ベンチマークで、SWE-bench ProもClaude Opus 4.6(Max)だけはClaude側の公式公開値を引用しており、すべてのモデルを完全に同じ条件で測った比較ではありません。「Claude Opus 4.6よりあらゆる仕事で賢い」と結論づける材料ではありませんが、少ない計算量で高い性能を狙う新設計の方向性を見るには興味深い結果です。
Qwenチームが公開した性能比較です。SWE-bench ProやCoWorkBenchなどでQwen3.7-Plusを上回っています。なお、数値はQwenチームがまとめた評価結果です。
長い文章を安く処理するための4つの工夫
では、なぜ計算量を減らせるのでしょうか。Qwenチームが挙げている大きな変更点は、Attention、Residual、Embedding、学習方法の4つです。
1つ目は、AIが長い文章を読む仕組みです。48層のうち36層では「Gated DeltaNet(GDN)」を使い、それまで読んだ情報をコンパクトな状態にまとめながら処理します。残る12層では新しい「Qwen Sparse Attention(QSA)」を使い、過去の文章をすべて同じように調べるのではなく、重要そうな部分を小さなブロック単位で選んで詳しく参照します。
Qwenの測定では、100万トークンを扱う際、QSAのAttention処理は全文を対象にする方式と比べ、入力を読み込むPrefillで最大7.6倍高速になりました。さらに、過去の入力を90%再利用できる条件では、100万トークン時のPrefillスループットがQwen3.7-Plusの8.6倍になったとしています。
2つ目は「Gated Residual」です。AI内部で情報を次の層へ受け渡す通路を4本に広げ、必要な情報だけをゲートで読み書きします。計算量を大きく増やさずに情報を保持しやすくし、学習の安定性も高める仕組みです。
3つ目が、510億パラメータを持つ「N-gram Embedding」です。現在のトークンと直前1〜2個のトークンから作った2トークン・3トークンの並びを手がかりに、巨大な埋め込み表から情報を引き出します。いわば、よく使う短い並びをすぐに引ける巨大な早見表です。この表はGPUメモリに常駐させず、CPU側のメモリへ置いて必要な部分を先回りして読み込めるため、計算量をほとんど増やさず、510億パラメータ分の情報を追加できます。
4つ目は学習方法です。Qwen3.8-Flash-Nextでは「Muon」と従来のAdamWを、パラメータの種類に応じて使い分けています。さらに、学習開始時にバッチサイズを徐々に増やす「Batch Size Warmup」も廃止し、最初から目標のバッチサイズで学習します。Qwenチームによると、従来方式では最終性能を改善しないまま、必要な最適化ステップが18.8%増えたためです。モデル構造だけでなく、学習手順からも無駄を削っています。
3層のGDNで履歴を圧縮し、1層のQSAで重要な部分を詳しく参照する構成です。長い文章を扱うときの計算量とメモリ使用量を抑えます。
APIは入力100万トークンあたり0.16ドル
こうした新設計を実際のサービスとして利用できるのが、QwenCloudの「Qwen3.8-Flash」です。Qwen3.8-Flash-Nextをベースに、標準で100万トークンの文脈や各種ツールを利用できる製品版にあたります。
8月29日時点の料金は、入力100万トークンあたり0.16ドル、出力100万トークンあたり0.47ドルです。同じ長い資料を何度も使う場合、過去の入力を再利用する暗黙キャッシュが効けば、入力料金は100万トークンあたり0.016ドルまで下がります。なお、100万トークンは料金を比較するための単位で、1回のリクエストで投入できる入力の上限は約99万トークンです。
例えば、大量の社内規程や過去の会議資料を毎回最初から読み直させるのではなく、共通部分をキャッシュしながらAIエージェントを動かせれば、長文を扱う業務のコストをかなり抑えられる可能性があります。
QwenCloudにはブラウザから試せる「Try AI」も用意されています。APIではWeb検索やWebページの取得、コード実行、画像検索といったビルトインツールも利用できます。ただし、こうしたツールには呼び出し回数に応じた料金がかかるものがあります。AIエージェントのコストを比べる場合は、モデルのトークン単価だけでなく、ツール利用料まで含めて確認する必要があります。
考える深さは「low」「medium」「xhigh」の3段階から選択できます。単純な情報抽出ならlow、複雑なプログラミングや分析ならxhighというように、処理時間と推論量を仕事に合わせて調整できます。また、前のやり取りで行った推論を次の処理にも引き継ぐ「preserve_thinking」に対応しており、長時間続くエージェント作業を意識した設計になっています。
Alibabaの業務向けAIプラットフォーム「QwenWork」では、Qwen3.8-Flash-Nextが「Standard」モードに採用されました。開発者はオープンソースの「Qwen Code」から利用できるほか、QwenCloudがOpenAIやAnthropicのAPI形式に対応しているため、Claude CodeやCodexも接続先などを設定することでQwen3.8-Flashを利用できます。
8月29日時点のQwenCloud料金です。入力は100万トークンあたり0.16ドルで、暗黙キャッシュが利用できれば0.016ドルまで下がります。
75GBのメモリでも動かせるが、圧縮版である点に注意
Qwen3.8-Flash-Nextの重みはHugging FaceとModelScopeからダウンロードでき、自社の機器で動かすこともできます。クラウドへ送れない機密文書を扱いたい企業にとって、外部APIを使わずに運用できる選択肢があることは大きな特徴です。
ただし、モデルはかなり巨大です。BF16版は約355GBあります。AIモデルの実行環境を提供するUnslothは圧縮版を公開しており、最小の1-bit版なら、RAMとVRAMの合計、またはユニファイドメモリで約75GBが最低ラインとしています。Unslothは96GB程度のメモリを備えた環境を推奨しています。つまり、大容量メモリを搭載したワークステーションやMacなどでも試せる可能性があります。
注意したいのは、75GB版が非常に強く圧縮したモデルだという点です。元の355GB版とまったく同じ品質で使えるという意味ではありません。また、長い文脈を確保するためのメモリも必要になるため、「75GBあればどんな条件でも快適に動く」と考えない方がよいでしょう。
操作のハードルも下がっています。Unsloth DesktopはWindows、macOS、Linux向けに提供されており、モデルの検索、ダウンロード、実行を画面から進められます。一方、大規模なデータセンター向けではNVIDIAも公開直後から対応し、72基のGPUを搭載するGB300 NVL72環境で、高並列時のピークスループットが1GPUあたり毎秒1万6000トークン超、1ユーザーあたりでは毎秒200トークン超だったと報告しています。個人用マシンから大規模設備まで、幅広い実行方法が出始めています。
Unslothが公開している圧縮率別の必要メモリの目安です。約75GBで動くのは強く圧縮した1-bit版で、元のBF16版は約355GBあります。
オープンウェイトだが商用利用には確認すべき条件がある
もう1つ、企業が見落とせないのがライセンスです。Qwen3.8-Flash-Nextは独自の「Qwen Community License 1.0」で公開されています。利用、改変、再配布、ホスティング、ファインチューニングなどは広く認められていますが、商用利用では確認しておきたい条件があります。
その製品やサービスが月間アクティブユーザー1億人超、または月間売上2000万ドル超の場合は、ユーザーインターフェースにモデル名を目立つ形で表示する必要があります。また、第三者にAIモデルをAPIなどで提供する「Model as a Service」事業や、AIコーディングやオフィス業務支援を主目的とする独立した「AI Work Assistant」事業で商用利用する場合は、Qwenとの別契約が必要です。ただし、社内利用に限り、モデルやその出力、能力を第三者へ提供しない場合は、この別契約要件の対象外と明記されています。
より扱いやすいライセンスを重視するなら、8月14日に公開された小型の「Qwen3.8-27B」という選択肢もあります。こちらは270億パラメータのモデルで、Apache 2.0ライセンスで公開されています。Qwen Community License固有の商用条件を避けたい場合は比較候補になります。
Qwen4が示すのは「大きさ」だけではないAI競争
Qwen3.8-Flash-Nextから見えてくるのは、AIモデルの競争が単純なパラメータ数だけでは語れなくなっていることです。モデルを大きくする一方で、必要な部分だけを動かし、長い文章を効率よく参照し、巨大な記憶部分をGPUの外へ逃がす。Qwenチームは、こうした設計をQwen4へつなげようとしています。
重要なのは、Qwen3.8-Flash-Nextが学習時だけでなく、実際に使う際の計算効率も重視している点です。学習コスト約9分の1という数字はモデル開発側の比較ですが、長文処理の高速化は自社運用時の必要な計算資源や待ち時間を抑える方向に働き、低いAPI単価やキャッシュはクラウド利用時の料金削減につながります。Qwen4では、モデルを巨大化するだけでなく、学習から実運用まで必要な計算を減らすことが重要なテーマになりそうです。
企業が評価するなら、ベンチマークの数字だけを見るより、自社で実際に発生している仕事を試すのが近道です。大量の社内資料を読ませる、長いソースコードを修正させる、Web検索やコード実行を含む作業を最後まで任せるといったタスクで、回答品質、処理時間、トークン量、ツール利用料を確認しましょう。
Qwenチームは、Qwen4シリーズをこの新しいアーキテクチャの上に構築すると明言しています。Qwen3.8-Flash-Nextの価値は、現在試せるオープンウェイトモデルであることだけではありません。次世代のQwenが「どれだけ巨大か」ではなく、「どれだけ少ない計算で賢く働けるか」を重視していることを、ひと足先に見せたモデルと言えそうです。

