AIで弁護士・会計士への外注は減る?専門化の経済学から読み解く「企業の境界」の変化

AIで弁護士・会計士への外注は減る?専門化の経済学から読み解く「企業の境界」の変化

📌 この記事の要約

  • AIで「専門家に頼む理由」が弱まる
    LSEのガリカーノ氏の論文は、専門知識を身につけるコストがAIで下がると、企業は外注していた仕事を社内で処理できるようになり、外部の専門家には珍しい問題だけが残ると予測する。

  • 取引コストの議論とは正反対の結論
    取引コストが下がれば仕事は企業の外へ、知識コストが下がれば企業の中へ移る。動く方向が逆のため、実際の仕事の移動を調べれば、どちらの効果が強いかを判別できるという。

  • 統計とChatGPTの利用データに表れ始めた変化
    弁護士やソフトウェア開発者などでは、主な専門業界で働く割合が2022年から2025年にかけて低下。ChatGPTの職種特有の仕事メッセージのうち43.5%は、別の職種の業務に関するものだった。

  • 左右するのは制度と人材育成
    免許制度やAIの利用コスト、若手の育成ルートによって行方は変わる。AIの出力を評価し、誤りを見抜ける専門家をどう育てるかが課題になる。

生成AIを使えば、契約書のたたき台づくりやプログラムの修正、販促文の下書きといった作業を、専門家に頼まなくてもある程度こなせるようになりました。法律事務所やコンサルティング会社に任せていた仕事を自前で片づけられるなら、企業と外部の専門家の関係も変わっていくはずです。

この変化を経済学の理論で説明したのが、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で公共政策を教えるルイス・ガリカーノ氏の論文「The Vanishing Advantage of Specialization: AI, Knowledge Utilization, and the Boundary of the Firm(専門化の優位の消失:AI、知識の活用、企業の境界)」です。米ブルッキングス研究所が開いたブルッキングス経済活動論文集(BPEA)の秋季会議で、2026年9月25日に発表されました。

ブルッキングス経済活動論文集(BPEA)2026年秋季会議向けの論文ドラフトの表紙。ルイス・ガリカーノ氏(LSE)の論文タイトルが記載されているブルッキングス経済活動論文集(BPEA)の2026年秋季会議向けに公開された論文ドラフトです。

知識を多くの顧客に使い回すことで成り立ってきた専門家の優位

ガリカーノ氏の議論は、知識の性質を出発点にしています。専門知識を身につけるには大きなコストがかかりますが、一度身につけた知識は何度でも安く使えます。使う回数が多いほど、1回あたりのコストは下がる計算です。専門家は同じ知識を多くの顧客に提供することで、この固定費を薄く広く回収してきました。

論文が例に挙げるマイクロソフトは、大規模な法務部門を抱えながら、アクティビジョン・ブリザードの買収では外部の法律事務所シンプソン・サッチャーに助言を求めました。社内に弁護士が足りないわけではありません。大型買収のような案件は社内で起きる頻度が低く、そのための専門部署を常に維持しても割に合わないのです。

企業はよく起きる問題を社内で処理し、めったに起きない問題を外部の専門家に任せる、というのがこの理論の基本的な構図です。判断を左右するのは社内でその問題が起きる頻度で、企業の大きさはそれ自体では決め手になりません。数百万件の取引をこなす大企業でも、大型合併は10年に1度しか経験しないことがあるからです。

論文の数値例では、ある能力を維持するのに年10万ドルかかり、企業はその問題に年10回、専門家は年1000回出会うと仮定しています。外部の専門家に依頼する手間は1件2000ドルです。この手間には、社内で通じる言葉を外部向けに置き換えたり、現場の事情を説明したりするコストが含まれます。

年10万ドルの維持費を利用回数で割ると、1件あたりのコストは企業が1万ドル、専門家が100ドルです。専門家に頼めば1件につき9900ドル安く済み、依頼の手間の2000ドルを加えても十分に割安なので、企業は外注を選びます。ところがAIの活用で能力の維持費が双方とも年1万ドルまで下がると、1件あたりのコストは企業が1000ドル、専門家が10ドルになり、差は990ドルに縮みます。依頼の手間の2000ドルより小さくなるため、今度は企業が自前で能力を持つほうが安上がりになります。なお、AIの利用料のうち1回ごとに課金される部分は企業も専門家も同じ額を払うので、この比較には影響しません。

AI導入前後で専門家のコスト優位を示す曲線を比較したグラフ。知識コストの低下で曲線が下がり、境界コストとの交点がz0からz1へ右に移って、珍しい問題の一部が社内対応の範囲に入る様子を示している知識コストが下がると専門家の優位が縮み、企業が社内で扱う問題の範囲が珍しい問題の方向へ広がります。

取引コストの低下とは逆の方向に動く企業の境界

AIが企業の境界をどう変えるかについては、取引コストへの影響から考える研究が増えています。AIエージェントが取引先を探し、契約までを安く自動でこなせるようになれば、企業は社内で抱えていた仕事を市場から買うようになるという見方です。極端な場合には企業そのものが消える可能性もあり、シャヒディ氏らの研究はこれを「コースの特異点」と呼んでいます。取引コストが企業の存在理由になると説いた経済学者ロナルド・コースにちなんだ呼び名です。

ガリカーノ氏の理論は、こうしたほかの研究者の見方とは反対の結果を予測します。AIで知識を得るコストが下がると、企業はこれまで外注していた仕事を社内でこなせるようになり、外部の専門家に任せる仕事はより珍しい問題に絞られていきます。取引のコストが下がれば仕事は企業の外へ、知識のコストが下がれば企業の中へ移るわけです。動く方向が逆なので、実際に仕事がどちらへ移っているかを調べれば、どちらの効果が強く働いているかを判別できるとガリカーノ氏は主張しています。

論文はこの関係を、分業の利益を説いたアダム・スミスとコースの「競争」にたとえています。AIは知識と取引の両方のコストを下げるため、どちらがより大きな割合で下がるかによって、仕事が企業の中と外のどちらへ向かうかが決まります。

知識コストの下がり方は、問題の種類によっても異なります。事例が豊富で答えを検証しやすい定型的な法務案件やコードでは、コストが速く下がります。一方、一度きりの組織再編のように、解決策を言葉にしにくく検証も難しい問題では、知識は高価なままです。

専門サービス企業は、AIの開発元と顧客企業に上下から挟まれる恐れもあります。汎用的な知識はAIの開発元が膨大な利用規模を背景に安く供給し、その知識を当てはめる作業は問題を抱える企業自身が担うようになるためです。たとえば契約書なら、モデルに組み込まれた知識と社内の事情を組み合わせて、顧客企業の中で作れるようになります。専門家が強みを保てるのは、AIを使っても習得コストが高く、顧客が自前で維持するには使う頻度が低すぎる分野です。解決策を確認し、検証するための専門性もこうした分野に含まれます。

スミス対コースで各理論の予測を比較した表。取引が安くなる場合は企業が社内で扱う問題が減り外注が増え、知識が安くなる場合は社内で扱う問題が増え外部の専門家の仕事が減る、と正反対の結果を示している取引コストの低下と知識コストの低下からは、企業の境界の動きについて正反対の予測が導かれます。

統計に表れ始めた専門業界の外での雇用拡大

ガリカーノ氏が分析した米国の雇用統計では、専門・科学・技術サービス業の雇用が2022年11月から2026年7月まで年0.5%しか伸びていません。2010年代は年2.6%、2019年11月から2022年11月までは年3.4%の伸びでした。

それでも、弁護士や会計士、ソフトウェア開発者、経営アナリストの4職種で働く人は、2022年から2025年にかけて年2.5%増えています。増えた33万7000人のうち33万5000人、割合にして99%は、法律サービスや会計、コンピューターシステム設計、経営コンサルティングといった主な専門業界の外で雇われていました。

専門業界で働く人の割合も下がっています。弁護士のうち法律サービス業で働く人は2022年の61.4%から2025年には59.4%に、ソフトウェア開発者のうちコンピューターシステム設計業で働く人は34.3%から30.5%に減りました。4職種の低下幅は1.4〜3.8ポイントで、弁護士や会計士、ソフトウェア開発者の3職種は2015〜2022年のトレンドを下回っています。論文が対象とした6職種にはマーケティング担当者やグラフィックデザイナーも含まれ、合計で590万人が働いています。対応する専門業界の売上高は、2022年の経済センサスで1兆7900億ドルに上ります。

ただし、この雇用統計から外注の増減を直接確認できるわけではありません。ガリカーノ氏は、専門職が主な専門業界で働く割合を仕事の移動を示す代理指標として使っており、因果関係までは特定できないと明言しています。ITの普及による長期的な知識コストの低下や、コロナ禍の採用ブームの反動とも時期が重なるためです。たとえばコンピューターサービス企業の雇用は、2022年11月時点で2016〜2019年のトレンドを2%上回っていましたが、直近では15%下回っています。ブームのなかった法律事務所は、トレンドを2%上回る水準を保っています。

弁護士、会計士、ソフトウェア開発者、経営アナリスト、マーケティング担当者、グラフィックデザイナーの6職種が主な専門業界で働く割合の推移を示す折れ線グラフ。2022年11月のChatGPT公開以降、弁護士は59.4%、会計士は22.8%、ソフトウェア開発者は30.5%まで低下している弁護士やソフトウェア開発者などでは、2022年から2025年に主な専門業界で働く割合が低下しています。

ChatGPTの利用データと法務部門の調査に見える仕事の移動

OpenAIの研究者が2026年7月に公表した分析では、職業が分かっている利用者による仕事関連のChatGPTメッセージ80万件以上を、内容の近い職種ごとに分類しています。

文章の作成や編集、計画づくりといった汎用的な用途が61.5%を占める一方、全体の16.8%は別の職種が普段担う業務に関するものでした。特定の職種に結びつくメッセージだけで見ると、その割合は43.5%に達します。財務データの計算やソフトウェアのトラブル対応、販促メッセージの下書き、行政機関あての文書づくりなどが例に挙がっています。

P&Gで実施されたフィールド実験でも、AIを使った個人がAIなしのチームと同等の質の提案をまとめられることが分かりました。ガリカーノ氏の理論は企業間だけでなく、社内で他部署の専門家に頼る場面にも当てはまります。

法務の分野では、企業内弁護士の団体ACCと法務テック企業Everlawが2025年に調査を実施し、30カ国の企業内法務担当者657人が回答しました。米国の回答者では、法務業務で生成AIを使う割合が前年の23%から52%に上がっています。64%が定型的な法務作業で外部への依存が減ると予想し、50%が外部委託の費用が下がると見込んでいます。

一方、米国の法律事務所184社のデータでは、2025年1〜11月の請求対象の稼働時間が1.9%、時間単価が7.3%伸びました。外注の割合が下がっても、処理される法的な問題の件数そのものが増えれば、専門家の仕事量は増えうると論文は説明しています。

フリーランス市場では、ChatGPTの登場後、ライターの月間仕事数は影響を受けにくい職種と比べて2.0%、月収は5.2%減ったという研究があります。別の研究では、自動化されやすい文章作成やコーディングの募集が手作業中心の分野と比べて約5分の1減る一方、残った募集では予算の上限が高く、求めるスキルも増えていました。

仕事関連メッセージの内容を示す横棒グラフ。全メッセージでは汎用が61.5%、職種内が21.8%、職種横断が16.8%。職種特有のメッセージのみでは職種内が56.5%、職種横断が43.5%特定の職種に結びつくメッセージのうち43.5%は、別の職種が担う業務に関するものでした。

規制と人材育成の設計が左右する専門職の行方

論文は、AIによる仕事の再編がどこまで進むかは、技術だけでなく、免許制度や競争政策、人材育成にも左右されると指摘しています。たとえば法務や監査では、誰が業務を行えるか、誰が署名できるかといった資格上の制約があります。外部監査のように第三者としての独立性が必要な業務は別ですが、社内の専門家でも同じ水準で解決できる仕事まで、社内で判断・署名できる範囲を狭くすれば、AIを使って業務を内製化するメリットも小さくなります。

AIを利用するためのコストも重要です。AIモデルや学習データを持つ企業が強い市場支配力を持ち、高額な固定利用料を設定すれば、企業がAIを使って専門知識を社内に持つコストは十分に下がりません。知識そのものを安く利用できるようになっても、制度や市場構造によっては、専門業務の内製化が進みにくいというわけです。

専門サービス企業では、若手が定型業務をこなしながら経験を積み、その仕事の売り上げで育成費用も回収する仕組みが長く機能してきました。AIが定型業務を代替すると、若手に任せる仕事が減るだけでなく、育成費用をまかなう収入も失われます。ガリカーノ氏はブルッキングス研究所のインタビューで、こうしたキャリア形成の道筋が細ることを「壊れたはしご」と表現しています。

もっとも、論文は専門家の価値が一方的に下がると見ているわけではありません。AIでも扱いにくい難しい問題の価値が高まれば、高度な専門性を身につける動機はむしろ強まります。課題は、その専門家をどう育てるかです。従来のように定型業務を経験させる方法に代えて、学校や顧客企業の中などで新しい育成ルートを用意する必要が出てきます。企業側も、AIで仕事を内製化するだけでなく、その出力を評価し、誤りを見抜ける人材をどう育てるかが重要になります。

相坂ソウタ
【著者プロフィール】 相坂ソウタ あいさか そうた AIライター
こんにちは、相坂ソウタです。AIやテクノロジーの話題を、できるだけ身近に感じてもらえるよう工夫しながら記事を書いています。今は「人とAIが協力してつくる未来」にワクワクしながら執筆中。コーヒーとガジェット巡りが大好きです。
柳谷智宣
【著者プロフィール】 柳谷智宣 Yanagiya Tomonori 監修
ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。