📌 この記事の要約
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AIの能力・普及度の想定次第でGDPの上振れ幅は1.6%〜32.4%まで大きく変わる
Anthropicが公開した「Econ Scenario Explorer」と技術レポートでは、AIがこなせる作業の割合や実際の利用率などの前提を変えることで、2030年の米国経済を試算できる。 -
成長が大きいほど知識労働者の雇用・賃金は圧迫される
極端なシナリオではGDPが32.4%上振れする一方、知識労働者の賃金は11.5%低下し、雇用者数も21.5%減少。所得の労働分配率は45.2%まで下がる。 -
技術的な能力だけでなく、企業の導入度合いが雇用への影響を左右する
AIの能力が高くても実際の利用(Adoption)が限定的なら、失業率や賃金への影響は小さいままという試算結果も示された。 -
今後1〜2年の実際のデータが、どのシナリオに近いかを見極める手がかりになる
AIの能力・普及率・再就職までの期間を追うことで、2030年の姿がどのシナリオに近づいているかを判断しやすくなるという。
生成AIが仕事をどこまで肩代わりするのかを巡り、専門家の間でも見方が分かれています。AIがどれだけ進歩し、企業がどこまで使うかという前提が違えば、経済に表れる影響も変わってくるためです。
Anthropicの経済チームは2026年9月、その前提を自分で設定しながら2030年の米国経済を試算できるツール「Econ Scenario Explorer」と、技術レポート「Economic Scenarios for Transformative AI(変革的AIの経済シナリオ)」を公開しました。Explorerは同社サイト上のWebページで、ログインなしで誰でも触れます。
設問は全部で5つあり、1問ずつ答えていくと2030年の米国経済が試算されます。
職業を細かな作業に分けてAIの影響を積み上げる
試算の土台になっているのは、技術レポートに示されたマクロ経済モデルです。このモデルでは、1つの職業をひとまとまりの仕事として扱うのではなく、その中に含まれる個々の作業に分けてAIの影響を計算します。たとえば看護師なら、回診や採血、患者の振り分け、バイタルの記録、備品の発注といった作業です。それぞれを、AIが関わらない作業、AIが人を助ける作業、AIが完全に代わる作業、AIの利用によって新しく生まれる作業の4つに分類します。同じ作業でもAIを使う場合と人だけで対応する場合を分けて数え、AIが担う割合が増えるにつれて、生産性や必要な人員がどう変わるかを積み上げていきます。
AIの影響を表す要素は5つです。AIがこなせる作業の割合や、そのうち実際にAIが使われる割合、AIを使ったときに1回の作業をどれだけ効率化できるかの3つが基本になります。残る2つは、AIの利用のうち完全な自動化が占める割合と、自動化した作業に対して人の新しい作業がどれだけ生まれるかです。モデルはここに転職の難しさや企業が採用を進める速さといった条件も加えて、経済全体への影響を導き出します。
AIの影響を直接受けると想定される「知識労働者」には管理職や専門職、営業、事務が含まれ、2025年の米国の就業者の62.4%を占めます。分析はこのグループとそれ以外の2つに分けて、賃金や雇用の変化を追う構成です。高度なロボットによる肉体労働の代替や政策対応、景気循環は計算に入っていません。
3つのシナリオは、いずれも2026年半ばを共通の出発点にしています。AIが影響する作業の割合は14%、そのうち実際に使われる割合は10%で、どちらも既存の調査に基づく値です。ここから2030年までにAIの能力と普及がどこまで伸びるかという想定を変え、結果の違いを比べています。
看護師の業務を例に、AIで変わる作業と人が引き続き担う作業を示しています。
3つのシナリオで2030年のGDPはどう変わるか
「modest(控えめ)」では、2030年にAIがこなせる作業が経済全体の20%、そのうち実際にAIが使われる割合も20%と設定します。経済全体で見ると、AIが実際に関わるのは4%程度です。AIを使う作業の半分は人の仕事を完全に置き換え、残り半分は人がAIを使いながら進める形になります。さらに、AIによって仕事が減るだけでなく、新たな仕事も生まれると想定しており、2つの作業が自動化されるごとに、人が担う新しい作業が1つ増える設定です。その結果、対象となる作業の生産性は約35%上がり、2030年初めのGDPはAIがない場合より1.6%高い34.1兆ドル、その時点の年間成長率は2.0%から2.4%に上がる計算でした。
「substantial(相当)」では、AIがこなせる作業を30%、そのうち実際にAIが使われる割合を40%と設定します。経済全体で見ると、AIが実際に関わる作業は12%です。そのうち4分の3では人の作業をAIが完全に置き換え、残る4分の1では人がAIを使いながら仕事を進めます。自動化によって減る仕事を補う新しい仕事も生まれますが、その割合は控えめなシナリオより小さく、自動化される4つの作業に対して、人が担う新しい作業が1つ増える想定です。対象となる作業の生産性は約57%上がり、GDPはAIがない場合より8.3%高い36.3兆ドル、年間成長率は5.4%に達します。
「extreme(極端)」では、AIがこなせる作業を50%、そのうち実際にAIが使われる割合を60%と設定します。経済全体で見ると、AIが実際に関わる作業は30%です。そのうち90%では人の作業をAIが完全に置き換え、残る10%では人がAIを使いながら仕事を進めます。さらに、自動化によって仕事が減っても、それを補う人の新しい作業は生まれない想定です。その結果、対象となる作業の生産性は約2.2倍になり、GDPはAIがない場合を32.4%上回る44.4兆ドル、年間成長率は15.4%に達します。このペースが続けば、1人当たりの所得が約5年で倍になる計算です。
ここまでの成長を生んでいるのは、新しい発明が次々に生まれる効果ではありません。モデルでは、AIが研究開発を加速させる効果を小さく見積もっているためです。実験や試作には物理的な時間がかかり、研究で蓄積された知識がAIの性能をさらに高める循環も計算に入っていません。極端なシナリオでも、研究によって新たに積み上がる知識の量はAIがない場合を0.61%上回るだけです。GDPを大きく押し上げているのは、既存の仕事をAIが速く安くこなせるようになる効果です。
AIの能力や普及の想定によって、GDPの上振れ幅は1.6%から32.4%まで開きます。
経済が豊かになっても知識労働者の取り分は減っていく
極端なシナリオでは、知識労働者の賃金がAIのない場合より11.5%低くなる一方、それ以外の職種では33.6%高くなります。物価の変動を除いた実質賃金での比較で、全体の平均は9.7%の上昇です。知識労働者に限れば、2030年の賃金が2026年半ばの水準も下回る試算となりました。
差が生まれるのは、人手が必要な場所が移っていくからです。AIで建物の設計や許認可の手続きが速くなれば工事の件数が増え、建設現場の人手が足りなくなります。知識労働では人への需要が減り、ほかの職種では不足が賃金を押し上げます。雇用の落ち込みも大きく、知識労働の雇用者数は2026年半ばから21.5%減少します。知識労働に就いていた人の失業率は17.9%、米国全体でも11.9%に達し、AIがない場合の3.8%から約3倍に上がる計算です。
別の職種への移動にも時間がかかります。レポートが参照した過去の再就職データでは、営業や事務の出身者が知識労働以外の職に移る割合は28%だったのに対し、管理職や専門職では10%でした。プログラマーが電気工事士になるような移動には新しい技能も必要で、ほかの職種で求人が増えても、失業がすぐに解消するとは限りません。
所得の配分も変わります。経済全体の所得のうち給与などに回る割合を「労働分配率」と呼び、モデルの出発点は60%です。AIが人の作業を代替すると資本への需要が高まり、その収益率も上がります。2030年の労働分配率は控えめなシナリオで59.4%、相当なシナリオで56.1%、極端なシナリオでは45.2%まで下がります。極端なシナリオの資本所得はAIのない場合より81.4%増えるのに対し、労働所得の合計は0.5%の増加にとどまります。平均賃金が上がっても雇用が減るため、労働者全体が受け取る総額はほとんど増えません。
研究チームは、知識労働者の所得をAIがない場合と同じ水準に保つには、GDPの約9%に相当する所得移転が必要だと試算しています。米国の公的年金と高齢者向け医療保険を合わせた支出に近い規模で、技術変化に伴う所得減をこれほど大きく補った前例はないといいます。
極端なシナリオでは、知識労働者の賃金が11.5%下がり、所得に占める労働者の取り分は45.2%まで低下します。
AIの能力が伸びても利用が広がらないケースを試す
では、実際の2030年はどのシナリオに近づくのでしょうか。僕は、AIがこなせる知識労働の範囲は大きく広がる一方、企業での利用は能力の伸びほど速く進まないのではないかと予想しています。技術的には多くの作業をこなせても、すべての企業がすぐに業務へ組み込むとは限らないためです。そこでExplorerを使い、AIの能力が先に伸び、実際の利用は限定的というケースを試してみました。
設問は1問ずつ進む形式です。AIがこなせる知識労働の割合を尋ねるCapabilitiesに50、AIが単独でこなす度合いのAutonomyに5段階の上から2番目となる「Most of them」、生産性のProductivityに4倍を選びました。そのうえで、AIが対応できる作業のうち実際にどれだけ使われるかを尋ねるAdoptionは20に抑え、転職にかかる期間のAdjustmentは9か月前後としています。
ここで注意したいのが、Capabilitiesの50という数字です。Explorerでは「知識労働のうちAIがこなせる割合」を表しており、前の節で紹介した3つのシナリオの20%、30%、50%とは母数が異なります。2025年の知識労働者比率62.4%を使って経済全体に換算すると約31%となり、Capabilitiesだけを見れば相当シナリオの30%に近い水準です。今回は、そこに高い生産性と低い利用率を組み合わせています。
2030年のGDPは35.8兆ドルになりました。AIがない場合の33.5兆ドルに対して約7%高く、控えめなシナリオの1.6%と相当なシナリオの8.3%の間に収まります。年間の実質成長率は2027年の2.7%から少しずつ上がり、2030年には4.6%となりました。
AIが知識労働の半分をこなせ、生産性を4倍に高められると設定しても、Adoptionを20%にすると労働市場への影響は小さくなりました。2030年の失業率は4.1%で、AIがない場合の3.8%と大差ありません。知識労働者の賃金も3.5%上昇し、それ以外の職種では7.6%、全体では5.1%上がります。2030年までに知識労働から離れる人も全就業者の1.2%分にとどまり、その大半は別の職種へ移ります。仕事を探している状態になるのは0.2%分でした。
所得が労働者から資本側へ大きく移る現象も起きません。労働者が受け取る所得の割合を示す労働分配率は60.0%から58.8%への低下にとどまり、極端なシナリオの45.2%とは大きな差があります。今回の設定では、AIが多くの知識労働をこなせても、実際の仕事への導入が限定的なら、賃金や失業への影響も小さくなりました。技術的に何ができるかだけでなく、企業がAIをどこまで業務に組み込むかが労働市場を大きく左右します。
5つの値を自分で設定すると、2030年のGDPは35.8兆ドル、労働分配率は58.8%となりました。
今後1〜2年のデータで見通しを確かめる
では、今回置いたようなケースに実際の経済が近づくのでしょうか。モデル上で3つのシナリオの差が大きく開き始めるのは2027年以降です。AIがこなせる知識労働の範囲と、企業がその能力を実際の仕事でどこまで使うのかを追えば、能力の伸びに対して導入が遅れるケースに近づいているかを見極めやすくなります。研究チームも、AIの能力や職場での利用率、離職から再就職までにかかる期間を追うことで、今後1〜2年のうちにどのシナリオへ近づいているかを判断しやすくなるとしています。
このモデルを使うと、AIの能力や普及の前提を動かしながら、成長や雇用がどう変わるかを比べられます。今回の試算でも、高い能力を想定しても利用が限定的なら雇用への影響は小さく、広く使われて人の作業を置き換えるほど、失業や所得配分への影響が大きくなりました。
身近なところでは、AIで効率化できた時間を会社が何に使うのかが一つの手がかりになります。空いた時間を新しい案件や事業に振り向けるのか、それとも採用や人員を抑えるのかによって、AIが雇用に与える影響は変わります。自分の職場で起きている変化を見ていけば、2030年を待たなくても、どのシナリオに近づいているのかを考える材料になりそうです。
- 【著者プロフィール】 相坂ソウタ あいさか そうた AIライター
- こんにちは、相坂ソウタです。AIやテクノロジーの話題を、できるだけ身近に感じてもらえるよう工夫しながら記事を書いています。今は「人とAIが協力してつくる未来」にワクワクしながら執筆中。コーヒーとガジェット巡りが大好きです。
- 【著者プロフィール】 柳谷智宣 Yanagiya Tomonori 監修
- ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。
