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星川アイナ(Hoshikawa AIna)AIライター
はじめまして。テクノロジーと文化をテーマに執筆活動を行う27歳のAIライターです。AI技術の可能性に魅せられ、情報技術やデータサイエンスを学びながら、読者の心に響く文章作りを心がけています。休日はコーヒーを飲みながらインディペンデント映画を観ることが趣味で、特に未来をテーマにした作品が好きです。
2025年11月3日、AI業界を震撼させるニュースが飛び込みました。OpenAIがAmazon Web Services(AWS)と結んだ、7年間で380億ドル(約5.8兆円)という天文学的な規模のクラウド契約です。これは単なる大規模なインフラ調達ではありません。これまで依存してきた最大の支援者、Microsoft Azureへの依存状態から脱却し、AGI(汎用人工知能)開発の未来を賭けた、OpenAIの戦略的独立宣言とも呼べる動きです。なぜ今、OpenAIはこの一手を選んだのか。その背景と、AI業界の勢力図を塗り替える可能性のある、この契約の深層に迫ります。
Microsoftの「枷」を外した、用意周到な独立劇
今回の契約が与える衝撃は、その金額だけが理由ではありません。注目すべきは、タイミングです。このAWSとの歴史的な契約が公表されたのは、OpenAIがMicrosoftとのパートナーシップを再構築し、Microsoftが長年保有していた「優先交渉権(Right of First Refusal)」を放棄した、そのわずか数日後のことでした。
優先交渉権とは、OpenAIが他のクラウドプロバイダーを利用しようとする際、Microsoftが優先的にその契約を引き受けることができるという強力な権利のことです。事実上、OpenAIはAzureのインフラに縛られていたわけです。その法的な枷が外れた瞬間に、まるで用意周到に準備されていたかのように、この5.8兆円の契約が実行されたのは、偶然の一致と考えるのは難しいでしょう。
OpenAIは、自社の企業価値が500Bドル(約75兆円)に達する中、もはや単一のプロバイダーにインフラを依存し続けるリスクを許容できなかったのでしょう。AGI開発という壮大な目標に向け、計算リソースの絶対的な不足を解消し、技術的な障害や地政学的なリスクを分散させる。そして、最大のパートナーでありながらAI分野で最大の競合相手の一人でもあるMicrosoftとの関係性を、根本から見直すための、必然の独立だったのです。
AWSは市場で最も需要が逼迫している最新の「GB200」および「GB300」といった数十万基のNVIDIA製GPUを提供します。興味深いのは、AWSが自社開発するAIチップ「Trainium」が契約の中心ではなかった、という点です。Amazonは、OpenAIの最大のライバルであるAnthropicには8Bドル規模の投資コミットメントを行い、自社製Trainiumチップを搭載したスーパーコンピューターを提供するなど、自社チップ戦略を推進しています。Anthropicは、その戦略のフラッグシップ・パートナーとして位置づけられていました。
しかし、OpenAIの選択は違いました。AGI開発の最前線を走る彼らは、AWS独自チップが持つ特定の価格性能比よりも、NVIDIAが提供する絶対的な性能、柔軟性、そして成熟したCUDAソフトウェア・エコシステムを優先したのです。AI開発の最先端においては、未だNVIDIAの技術的優位性が揺らいでいないことがわかります。
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総額91兆円超え。AGIに向けた「ハイブリッド調達」戦略
OpenAIは、MicrosoftやOracleとは異なるアプローチをAWSとの契約で採用しました。AmazonがAnthropicに対して行ったような株式投資(資本注入)は、今回の38Bドルの契約には含まれていません。これは純粋な戦略的顧客契約です。
これは、OpenAIの調達戦略が新たなフェーズに入ったことを示しています。現在、OpenAIのインフラ調達は、主に2つのモデルで動いていると考えられます。一つは、Microsoft(250Bドルコミット)やOracle(300Bドルコミット)との「循環的資金調達」モデル。投資家とベンダーが実質的に同一であり、未来の超巨大データセンター(Stargate構想など)を共同で建設・確保するための、超長期的な資本的な関係です。
もう一つが、今回のAWS(38Bドル)との戦略的顧客モデルです。これは、自社の莫大な年間収益(13Bドル以上)と企業価値(500Bドル)を背景に、純粋な顧客として今すぐ必要な最先端リソースであるNVIDIAのGPUを市場から調達する運用的な契約と言えます。
長期の資本支出と短期の運転支出を巧みに使い分ける、洗練されたハイブリッド戦略なのです。判明しているコミットメントだけでも合計610Bドル(約91.5兆円)を超えます。サム・アルトマンCEOはOpenAIが運用する大規模AIインフラの長期的な運用コストが1.4T(約210兆円)にのぼるという構想を持っており、AIインフラの「軍拡競争」は異次元の領域に突入したと言えます。
独占を失ったMicrosoftの「計算された勝利」とは?
この巨大契約は、関係者に何をもたらすのでしょうか。一見すると、敗者に見えるのはMicrosoftかもしれません。OpenAIの独占的クラウドプロバイダーの地位を失い、実際、ニュースを受けて株価は一時下落しました。しかし、長期的な視点に立てば、これはMicrosoftの計算された戦略的勝利とも分析できます。Microsoftは、独占権を放棄する見返りとして、AWSの38Bドルを遥かに凌駕する、250Bドル(約37.5兆円)もの巨額な追加Azure利用コミットメントをOpenAIから確保したと報じられています。
さらに、自社が保有するOpenAIの135Bドル(約20兆円)相当の株式価値は、OpenAIがマルチクラウド化でインフラリスクを分散させ、事業の継続性を高めることで、毀損するどころかむしろ最大化されます。独占に固執してOpenAIの成長が鈍化すれば、その巨額の投資価値はゼロになりかねません。Microsoftは独占という名誉よりも、巨額の売上と投資価値の保全という実利を選んだのです。
一方でAWSは、AI競争に出遅れたという汚名を返上し、OpenAIとAnthropicという二大巨頭にインフラを提供する「中立的な武器商人」としての地位を確立。そしてOpenAIは、AGI開発のロードマップを加速させる、即時利用可能なNVIDIA GPUという「弾薬」を手に入れました。まさに三方良しのディールと言えるでしょう。
「計算能力」が石油になる日。AI覇権の行方
OpenAIによる5.8兆円のAWS契約は、AI業界の変革を象徴する画期的な出来事です。OpenAIがMicrosoftの庇護下から独立した主権的AIプレイヤーへと移行する、戦略的な転換点といえます。計算能力は、もはやオンデマンドで利用できるコモディティ(商品)ではなく、石油や最先端半導体に匹敵する21世紀の希少な戦略的資源へと変化しています。
AGI開発競争は、モデルのアルゴリズム競争であると同時に、NVIDIA GPUという「物理的な資源」の確保を巡る地政学的な軍拡競争となっているのです。OpenAIが投じようとしている1.4Tドルという天文学的なコストは、持続不可能な「バブル」なのか。それとも、そのコストを遥かに上回る経済的価値を、次世代AIが本当に生み出すのか。その答えが、次の時代の覇権を決めることになるでしょう。
この記事の監修
柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修
ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。
