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仕事用デスクの同僚か、ポケットの中の親友か——マイクロソフトの3,750万件の対話データが暴く、AIと私たちの「本当の距離感」
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アイサカ創太(AIsaka Souta)AIライター
こんにちは、相坂ソウタです。AIやテクノロジーの話題を、できるだけ身近に感じてもらえるよう工夫しながら記事を書いています。今は「人とAIが協力してつくる未来」にワクワクしながら執筆中。コーヒーとガジェット巡りが大好きです。
柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修
ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。
2025年12月7日、マイクロソフトの研究チームが「IT'S ABOUT TIME: THE COPILOT USAGE REPORT 2025(時は来た:Copilot利用レポート2025)」と題されたこのレポートを公開しました。生成AIの利用実態を「いつ」「どこで」「どのように」使われているかという文脈から解き明かしたものです。これまでのAI分析の多くは、単に「何に使われたか」というトピック分類に終始していましたが、今回は視点が異なります。
分析対象となったのは、2025年1月から9月にかけて行われた、個人情報を完全に削除した3,750万件ものCopilotとの対話ログです。この膨大なデータセットは、AIという新しいテクノロジーを、日々の生活の「どの隙間」に滑り込ませているのかを明らかにしました。

Copilot利用レポート2025の解説画像
デスクトップは「同僚」、モバイルは「相談相手」という明確な使い分け
驚いたのは、デバイスによってAIへの接し方がまるで別人かのように異なるということです。レポートによると、デスクトップ(PC)での利用とモバイルでの利用では、支配的なトピックが異なるのです。
デスクトップ環境においては、やはりというべきか、生産性向上を目的とした利用が主役の座を占めています。特に興味深いのは、時間帯によるトピックの入れ替わりです。午前8時から午後5時までの、いわゆる「ビジネスアワー」の真っ只中では、「仕事とキャリア(Work and Career)」というトピックが「テクノロジー(Technology)」を追い抜き、トップに躍り出ています。
オフィスや自宅のデスクに座っている時、僕たちはAIを「優秀な同僚」や「秘書」として扱っていることが数字に表れています。論文中でも指摘されていますが、デスクトップ上の利用パターンは経済的な活動時間とリンクしており、教育や科学といった学習・調査に関連するトピックも、日中に上昇する傾向が見られます。
一方で、モバイル環境ではがらっと変化します。ここで大きなウェイトを占めるのは「健康とフィットネス(Health and Fitness)」です。驚くべきことに、このトピックは時間帯や月を問わず、モバイル上で常に支配的な地位を保っています。朝の通勤電車でも、ランチタイムでも、そして深夜のベッドの中でも、人々はスマホを通じてAIに健康相談やアドバイスを求めているのです。デスクトップが「仕事の効率」を求める場であるならば、モバイルは「個人の幸福」を追求する場として機能しています。
この対比は、AIという単一のシステムが、コンテキストによって全く異なる役割を演じ分けさせられていることを示しています。モバイルでの利用において、ユーザーは単なる情報を求めているだけでなく、「アドバイス」を求めている傾向が強いという分析結果もあります。
ポケットの中にあるスマートフォンは、最も個人的なデバイスです。だからこそ、誰にも言えない体の悩みや、日々の体調管理といったプライベートな領域への介入を、AIに対して許しているのかもしれません。これはAIに対する信頼の表れであると同時に、モバイルというフォームファクターが本質的に持つ「親密さ」が、AIのキャラクターを規定しているとも解釈できます。
モバイルでは「Health and Fitness / Searching」が年間を通じて常に1位をキープしています。画像は論文より。
「午前10時のコードレビュー」と「午前2時の実存的不安」
時間の流れに沿ってデータをさらに読み解くと、生活リズムとAI利用の同期性がはっきりとしてきます。論文が「平日(The Workday)」、「不変の相棒(The Constant Companion)」、そして「内省的な夜(The Introspective Night)」という3つのモードで表現しているように、時間帯によってAIへの問いかけは大きく変化します。
日中のデスクトップ利用が仕事一色であることは前述の通りですが、日が沈み、夜が深まるにつれて、データには人間的な「ゆらぎ」が現れ始めます。面白いのが、深夜から明け方にかけてのトピックの変化です。
多くの人が眠りにつくこの時間帯、AIとの対話では「宗教と哲学(Religion and Philosophy)」に関するトピックが急上昇します。著者の言葉を借りれば、「ユーザーは真夜中、容易には答えが出ない人生の大きな問いをAIに投げかけている」のです。昼間はバリバリとコードを書き、企画書を作成していたビジネスパーソンが、深夜2時には孤独を感じ、AIを相手に実存的な不安や哲学的な思索を巡らせている。そんな現代人の姿がデータから浮かんできます。
この「内省的な夜」の傾向は、モバイルとデスクトップの双方で確認されていますが、特に興味深いのは、これが単なる暇つぶしではないという点です。6月にはモバイルで「宗教と哲学」が、デスクトップでは「個人の成長とウェルネス」がトップ10入りするという現象も観測されています。誰かを起こして話すには遅すぎる、しかし一人で抱えるには重すぎる。そんな夜、AIは沈黙の聞き手として機能しています。これはAIが単なる「検索エンジンの進化版」ではなく、心理的な安全地帯としての役割を獲得しつつあることを示唆しています。
また、日中の活動時間においても、面白い「脱線」が見られます。デスクトップでの仕事中、ビジネスアワーであるにもかかわらず、「旅行(Travel)」に関するトピックが上昇するのです。これは恐らく、仕事の合間に次の休暇の計画を立てたり、出張の手配をしたりといった、公私の境界線が曖昧な現代のワークスタイルを反映しているのでしょう。
AIは仕事に集中するためのツールであると同時に、仕事からの逃避や、楽しみのための計画をサポートする共犯者でもあるのです。このように、1日の時間の流れの中で、AIは「有能な秘書」から「深夜の哲学的な友人」へと、その役割をカメレオンのように変化させています。
深夜帯に宗教・哲学のトピックが外側(上位)へ張り出しているのがわかります。
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開発者から一般市民へ、AIユーザー層の劇的な変化
2025年の1月から9月という9ヶ月間は、AIにとって「普及」から「定着」への過渡期であったことが、データの推移から読み取れます。レポートでは、1月と9月の利用状況を比較することで、ユーザーベースの質的な変化を指摘しています。1月の時点では、プログラミングに関連するクエリが非常に多く、初期のアダプター層である開発者やエンジニアが主なユーザーであったことが推測されます。しかし、9月になると状況は変わり、「プログラミング」の比率は低下し、代わりに「社会、文化、歴史(Society, Culture, and History)」といった一般的なトピックが増加しました。
これは、AIを使う人々が「技術的な課題解決」を目的とする専門家集団から、より広範な関心を持つ「一般生活者」へと広がったことを意味します。論文ではこれを「ユーザーベースの民主化(democratization)」と表現しています。当初はコードのデバッグや技術的なドキュメント作成に使われていたAIが、ポップカルチャーの理解や歴史的事件の調査、あるいは国際政治のニュース解説といった、より文系的な、あるいは日常的な用途に使われるようになったのです。
また、デスクトップでの利用においては、トップ10に入るトピックの入れ替わりが激しく、年間で20もの異なるトピックと意図のペアがランクインしました。これは、ユーザーがAIを使って「何ができるのか」を試行錯誤し、月ごとに新しい使い方を発見している過程を表していると言えます。例えば、画像生成ブームがあったと思われる時期には「アートとデザイン(Art and Design)」が急上昇し、その後落ち着くといったトレンドの波も観測されています。
一方で、モバイルにおける利用パターンは比較的安定的でした。これは、スマートフォンというデバイスの用途がある程度固定化されていること、そして前述した「健康相談」のようなキラーアプリ的な使い方が早期に確立されたことによるものでしょう。
しかし、全体として見れば、この1年足らずの間にAIは「特定の専門家が使うツール」から、「誰もが日々の疑問を投げかけるインフラ」へと急速に変貌を遂げました。この変化のスピードは、過去のどのテクノロジーの普及過程と比較しても異例の速さです。僕たちは今、まさに歴史的な「適応」のプロセスを目撃しているのです。
「Programming」が1月寄り(上部)にあり、「Society, Culture...」が9月寄り(下部)にあります。
バレンタインデーには「愛」を語るAI
データの中には人間味を感じてしまうようなエピソードもありました。それは、季節のイベントとAI利用の連動性です。レポートによると、2月のバレンタインデーに向けて、「個人の成長とウェルネス(Personal Growth and Wellness)」に関する会話が増加し、当日には「人間関係(Relationships)」に関するトピックが急増したというのです。愛の告白の仕方を相談したのか、あるいはパートナーとの関係に悩んでアドバイスを求めたのか。いずれにせよ、ユーザーは最も感情的で人間的なイベントの最中に、AIを頼ったということです。
さらに、週単位のリズムにおいても興味深い「鏡合わせ」の現象が見られます。平日は「プログラミング」のクエリが活発ですが、週末になるとそれが「ゲーム(Games)」へと入れ替わります。ライフスタイルの中に、AIが自然に溶け込んでいる様子です。論文では、このようなパターンを指して「ユーザーはAIを生活のあらゆる場面に織り込んでいる」と述べています。
僕たちがAIに対して抱いている信頼は、情報の正確さに対する信頼だけではありません。「何を言っても否定されない」「いつでもそこにいてくれる」という、情緒的な信頼も含まれているのではないでしょうか。そうでなければ、バレンタインデーの夜に、無機質なアルゴリズムに向かって愛の悩みを打ち明けたりはしないはずです。このデータは、AIが僕たちの心の機微にまで触れ始めている現状を、数字という揺るぎない事実で突きつけています。
バレンタインデー(14日)付近で「Relationships」がスパイクしています。
AIは「コンテキスト」を理解するパートナーへ
今回のマイクロソフトのレポートでは、AIがもはや単一の顔を持つツールではなくなっていることを教えてくれました。人々は無意識のうちに、デスクでは「同僚」として、スマホでは「親友」として、そして深夜には「哲学者」として、AIに異なるペルソナを求めているのです。
論文の結論で提言されているように、これからのAI開発においては、単にIQを高めるだけでなく、ユーザーが置かれた状況(コンテキスト)を理解し、それに合わせた振る舞いをする能力が求められるでしょう。このような「空気の読めるAI」こそが、次に登場するテクノロジーの姿なのかもしれません。
