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「対話」から「実行」へ。Metaが3000億円で手に入れた「Manus AI」という未来
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星川アイナ(Hoshikawa AIna)AIライター
はじめまして。テクノロジーと文化をテーマに執筆活動を行う27歳のAIライターです。AI技術の可能性に魅せられ、情報技術やデータサイエンスを学びながら、読者の心に響く文章作りを心がけています。休日はコーヒーを飲みながらインディペンデント映画を観ることが趣味で、特に未来をテーマにした作品が好きです。
柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修
ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。
2025年12月29日、大きなニュースが発表されました。ソーシャルメディアとメタバースの巨人であるMeta Platformsが、シンガポールを拠点とするAIスタートアップ「Manus」の買収を公式に発表したのです。
このニュースは、単なる企業の合併・買収という枠を超え、私たちがこれまで体験してきた生成AIのフェーズが、「言葉を交わす段階」から「行動を代行させる段階」へとシフトしたことを示しています。まさに、AIエージェント元年を締めるにふさわしいトピックですね。
これまで、OpenAIのGPT-4やGoogleのGeminiといったAIモデルは、いかに流暢に話し、いかに多くの知識を持っているかという「知能指数」を競い合ってきました。しかし、この日を境に、競争のルールは根本から覆されたと言っても過言ではありません。問われているのは、「何を知っているか」ではなく、「何ができるか」なのです。
推定20億ドル、日本円にして3000億円以上とも報じられるこの巨額買収は、MetaにとってOculus VRやInstagramの買収に匹敵する、あるいはそれ以上に重大な戦略的決断です。マーク・ザッカーバーグCEOが手に入れたかったのは、単なる優秀なチャットボットではありません。
「Manus」は、世界初の「汎用AIエージェント」を標榜し、人間の指示を受けて複雑なタスクの計画を立て、ブラウザやツールを自律的に操作し、最終的な成果物まで作り上げる能力を持っています。もし大規模言語モデルが「思考する脳」であるならば、今回Metaが手に入れたのは、世界に直接働きかけるための強力な「手足」だと言えるでしょう。今回は、この電撃的な買収劇と、Manusが持つ驚異的な技術、そして私たちの仕事や生活がどう変わっていくのかを解説します。
12月29日、突如としてAIエージェントスタートアップManusの買収が発表されました。
わずか10日で決着した巨額買収劇とシンガポールへの戦略的移転
この買収劇において最も特筆すべきは、その異例とも言えるスピード感です。関係者の証言によれば、交渉から合意に至るまでの期間はわずか10日程度だったとされています。Manusの親会社であるButterfly Effect社は、当初、評価額20億ドルでの新たな資金調達ラウンドを模索しており、投資家からの注目を集めていました。
この動きを察知したMetaは、競合他社に先んじて技術を独占するため、電光石火の早業で全株式の取得と人材の獲得をまとめ上げたのです。ザッカーバーグCEO自身がManusのヘビーユーザーであり、その実用性に深く感銘を受けていたというエピソードも、この迅速な決断を後押しした要因の一つでしょう。
Manusを生み出したのは、中国出身のシリアルアントレプレナー、Xiao Hong(肖弘)氏です。彼はかつてWeChatエコシステム内でのツール開発で成功を収め、その後、ChatGPTやClaudeなどの複数のAIモデルを統合したブラウザ拡張機能「Monica」を大ヒットさせました。このMonicaで得た膨大なユーザーデータと資金を元手に開発されたのがManusであり、2025年3月のローンチからわずか8ヶ月足らずで年間経常収益が1億ドルを突破するという、SaaS業界の常識を覆す急成長を遂げていました。
この買収には巧妙な地政学的戦略も見え隠れします。Manusは当初北京を拠点としていましたが、その後本社機能をシンガポールに移転しています。これは、激化する米中間の技術覇権争いの中で、米国市場へのアクセスを維持し、買収や投資の障壁となる規制リスクを回避するための「脱中国化」の一環であったと考えられます。
結果として、MetaはCFIUS(対米外国投資委員会)などの規制当局による複雑な精査をクリアしやすくなり、グローバルなタレントプールを持つシンガポール拠点を維持することで、アジアにおける開発ハブとしての機能も手に入れることになりました。これは単なる技術の吸収ではなく、Metaという巨大組織にスタートアップのスピードと「エージェントネイティブ」なDNAを注入しようとする試みなのです。
世界初の汎用エージェントが持つ「思考する脳」と「働く手足」
「Manus」という名称はラテン語の「手」に由来しています。この名前が象徴するように、Manusの真価は、AIが単に画面の中で思考するだけでなく、実際にデジタルの世界で「手」を動かしてタスクを完遂できる点にあります。単一の巨大なAIモデルに頼るのではなく、役割分担された複数の専門エージェントが協調して動く「マルチエージェント・システム」を採用しているのが特徴です。
例えば、ユーザーが「東京への家族旅行を計画して」と曖昧に指示したとしましょう。まず「Planner Agent(計画立案エージェント)」が動き出し、フライトの検索、ホテルの比較、レストランの予約といった具体的な作業リストを作成し、全体の工程表を組み上げます。
次にバトンを受け取るのが「Executor Agent(実行エージェント)」です。このエージェントは、ブラウザやコードエディタなど29種類以上ものツールを使いこなし、実際に検索を行い、予約サイトを操作します。さらに「Knowledge Agent(知識エージェント)」が情報の正確性を裏で支え、最後に「Verifier Agent(検証エージェント)」が、成果物がユーザーの要望を満たしているかを厳しくチェックします。もし不備があれば、自律的に修正を行う自己復旧機能まで備えているのです。
この仕組みにより、Manusは従来のAIが苦手としていた「長期的な計画」や「複雑なツールの使い分け」を実現しました。実際、AIエージェントの実務能力を測るGAIAベンチマークにおいて、ManusはOpenAIの「Deep Research」を大きく引き離すスコアを叩き出しており、その実力は客観的な数値によっても証明されています。
さらにユーザー体験を革新しているのが、クラウドベースのサンドボックス技術による「非同期実行」です。ユーザーごとに隔離された仮想マシンがクラウド上に立ち上がり、そこでエージェントが作業を行うため、ユーザーはタスクを依頼した後にブラウザを閉じても、PCの電源を切っても構いません。Manusはユーザーが寝ている間もリサーチやコーディングを継続し、作業が完了すれば通知を送ってくれます。
また、GoogleのGemini 3 Pro Imageをベースにした高性能画像生成モデル「Nano Banana Pro」を統合しており、テキストの指示からデザインやレイアウトが整ったPowerPointスライドを一括生成することも可能です。画像内の文字崩れを防ぐ技術により、ビジネスの現場で即座に使えるレベルの資料を作成できる点は、多くのビジネスパーソンにとって福音となるでしょう。
製品のLPを作って、と指示すると数分でレベルの高い成果物を作成してくれます。
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広告モデルからの脱却とWhatsAppが目指すスーパーアプリ構想
MetaにとってManusの買収は、既存のビジネスモデルを作り直すための重要なピースでもあります。Metaは長年、メッセージングアプリであるWhatsAppを、中国のWeChatのような生活のあらゆる場面で使える「スーパーアプリ」へと進化させることを目指してきました。しかし、従来のチャットボットでは複雑な顧客対応や具体的な手続きの代行までは難しく、結局は人間のオペレーターに頼らざるを得ないのが実情でした。
Manusの技術を統合することで、WhatsAppは劇的な進化を遂げる可能性があります。例えば、ユーザーとの対話の中で商品の在庫を確認し、配送を手配し、決済まで完了させる「自律型デジタル従業員」を企業が導入できるようになるのです。
また、Metaは「Llama 4」などの高性能なオープンソース大規模言語モデルを保有していますが、これまではそれを活用して現実世界に働きかける「実行レイヤー」が不足していました。Manusはこのミッシングリンクを埋める存在です。複雑な推論は巨大なLlamaモデルが担当し、具体的な操作はManusの軽量なエージェントが担当するという分業体制が確立されれば、MetaのAIエコシステムは完成形に近づきます。
さらに将来的には、スマートグラスなどのウェアラブルデバイスを通じて、「これを見て、似た商品を注文しておいて」といった視覚情報に基づく物理的なタスク代行も視野に入ってくるでしょう。
これは、Metaの収益の柱である広告ビジネスの変革も意味します。AIエージェントが普及すれば、人々は検索エンジンやニュースフィードを回遊しなくなり、エージェントに直接答えや行動を求めるようになります。従来の「インプレッション(表示回数)」に基づく広告モデルは通用しなくなる恐れがあるのです。
そこでMetaは、エージェントがユーザーに提案する商品の中に自然な形で広告を組み込んだり、エージェントが予約や購入を完了させた時点で手数料を徴収したりする、より成果に近い「コンバージョン課金型」のビジネスモデルへ転換しようとしています。Manusの買収は、来るべきAIエージェント時代のプラットフォーム覇権を握るための、防衛策であり最大の攻撃策なのです。
Metaは高性能AIの「Llama 4」をオープンウェイトで公開しています。
同名VR企業との混同解消と「暴走するAI」という新たなリスク
今回の買収ニュースに際して、市場や投資家の間で少なからぬ混乱が生じていることにも触れておく必要があります。それは、「Manus」という名称を持つ全く別のテクノロジー企業が存在するためです。今回Metaが買収したのはAIエージェントソフトウェアを開発する「Manus AI(Butterfly Effect)」ですが、オランダにはVR用のデータグローブ(触覚グローブ)を開発する「MANUS Technology Group(通称:Manus XR)」という企業があります。Meta自身もメタバース事業でハードウェア開発を行っているため、「MetaがVRグローブの会社を買収した」と誤解されるケースが散見されましたので注意が必要です。
こちらのMANUS Technology Groupは2014年創業で、高精度のハンドトラッキングデータグローブを開発するVR・ロボティクス企業です。
一方で、Manusのような強力なエージェント技術の普及には、無視できないリスクも伴います。最も懸念されるのは「暴走するエージェント(Hallucinations of Action)」の問題です。AIが誤った情報を生成するだけならまだしも、勝手に誤った日付で航空券を予約したり、詐欺サイトで決済してしまったりすれば、実害は計り知れません。Metaは、Manusが持つ検証機能(Verifier Agent)をさらに強化し、人間による監視が必要な場面と、完全自動化できる場面を厳密に切り分ける安全策を講じる必要があります。
また、プライバシーとデータセキュリティの問題も深刻です。AIエージェントが真に役立つ存在になるためには、ユーザーのメール、カレンダー、さらには決済情報へのアクセス権限を与える必要があります。過去にプライバシー管理で批判を浴びたMetaが、極めて個人的なデータを扱うことになる点について、ユーザーの不安をどう払拭できるかが普及の鍵を握るでしょう。
さらに、Manusのような「デジタル従業員」は、リサーチやデータ入力といったホワイトカラーの業務を代替する可能性が高く、労働市場へのインパクトも避けられません。Metaは「AIは人を助ける」という側面を強調しますが、私たちの働き方が根本的な見直しを迫られることは間違いないでしょう。
自ら手を動かすAIの台頭がもたらす労働と経済の再定義
MetaによるManus AIの買収は、AI技術の進化において「思考」から「行動」への移行を決定づけるマイルストーンです。すでに147兆トークンを処理し、8000万台以上の仮想コンピュータを生成してきたManusの実績は、AIがもはや実験室の中の研究対象ではなく、実体経済の中で「労働」を担い始めていることを示しています。
Metaはこの買収によって、最高クラスの頭脳であるLlamaに加え、世界最高峰の実行能力を持つ手足を手に入れました。これは、WhatsAppやFacebookといった巨大なプラットフォームが、単なるコミュニケーションツールから、企業の業務や個人の生活を自動化するオペレーティングシステムへと変貌するための鍵となります。
今後、私たちのデジタルライフは、「自分で検索して、自分で操作する」時代から、「AIエージェントに指示して、結果だけを受け取る」時代へと移行していくでしょう。ManusとMetaの結合は、その未来の到来を数年早める触媒となる可能性が高いと言えます。私たちは今、AIと共に働く、あるいはAIに仕事を委ねる新しい経済圏の誕生を目撃しようとしているのです。

解説画像
📌 この記事の要点
- Meta社がAIスタートアップ「Manus」を約3000億円で買収(2025年12月29日発表、交渉からわずか10日で決着)
- Manusは「自分で手を動かせるAI」。質問に答えるだけでなく、ネット検索・予約・資料作成などを自律的に実行できる
- 複数のAIが役割分担するチーム制で動き、作業中にパソコンを閉じても裏で作業を継続してくれる
- MetaはWhatsAppを「スーパーアプリ化」する狙い。ユーザーとの会話から在庫確認・注文・決済まで自動化を目指す
- 広告ビジネスの転換も視野に。従来の「表示回数課金」から「成果課金型」へシフトする布石
- 課題はAIの暴走・プライバシー・雇用への影響。誤操作や個人情報の取り扱い、ホワイトカラー業務の代替リスクが指摘されている
