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生成AIはネット通販の生産性を本当に上げるのか?実売上で測った大規模フィールド実験

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生成AIはネット通販の生産性を本当に上げるのか?実売上で測った大規模フィールド実験

この記事の監修

柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修

柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修

ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。



生成AIがビジネスにもたらす価値について、多くの議論が交わされています。しかし、実際に企業の売上や生産性にどれほどのインパクトを与えるのか、その数値を明確に示した事例はまだ少ないのが現状です。

2025年10月31日、この問いに答える論文が発表されました。浙江財経大学のLu Fang氏、浙江大学のZhe Yuan氏、コロンビア大学のDante Donati氏およびMiklos Sarvary氏、そして匿名のパートナー企業のKaifu Zhang氏らによる研究チームが公開した「Generative AI and Firm Productivity: Field Experiments in Online Retail(生成AIと企業の生産性:オンライン小売におけるフィールド実験)」です。

この研究は、大手越境ECプラットフォームにおいて数百万人のユーザーを対象に実施された大規模なランダム化比較試験(RCT)の結果を分析したもので、生成AIの実装が企業の生産性に与える影響を因果推論を用いて定量化しています。この最新の研究結果をもとに、生成AIが実際のビジネス現場でどのように機能し、誰に恩恵をもたらすのかを見てみましょう。


生成AI導入による顧客あたり年間5ドルの付加価値を示す解説画像

生成AIを導入すると、年間1顧客当たり5ドルの付加価値が生まれます。これは小さいでしょうか、大きいでしょうか?


7つの業務プロセスへのAI導入実験が明らかにする真の生産性向上効果

本研究の舞台となったのは、世界中の何億人ものユーザーと何十万もの販売者をつなぐ、世界有数の越境ECプラットフォームです。研究チームは2023年9月から2024年6月にかけて、消費者向けの7つの主要なビジネスワークフローに生成AIを導入しました。

例えば、購入前の問い合わせ対応チャットボットや検索クエリの補正、商品詳細ページの説明文生成、マーケティング用プッシュ通知の作成、Google広告タイトルの最適化、チャージバック(支払い異議申し立て)の防御、そしてライブチャットのリアルタイム翻訳です。これらは顧客サービス、商品マッチング、広告宣伝というECサイトの核となる機能を網羅しています。

この実験では、AIの導入に際して、投入リソースを一定に保ちました。従来の多くの研究では、AI導入による労働時間の削減やコストダウンに焦点が当てられがちでしたが、本実験では人間のスタッフを減らすのではなく、既存の業務フローにAIを組み込む、あるいはこれまで対応しきれていなかった部分をAIで補完する形をとりました。

つまり、資本や労働の投入量を変えずにアウトプット(売上)がどれだけ増えたかを測定することで、経済学でいうところの「全要素生産性(TFP)」の向上を直接的に捉えようとしたのです。数千万人規模のユーザーをランダムに「AIあり(処置群)」と「AIなし(対照群)」に分けて比較したこの検証は、実験室の中だけでは分からない、現実世界の複雑さを反映した貴重なデータを提供しています。


生成AIを組み込んだ7つの業務ワークフローの全体像を示す図

生成AIを組み込んで再設計した7つの業務ワークフローの全体像。(画像は論文より)


顧客体験の摩擦を取り除くことで売上高とコンバージョン率は劇的に改善する

実験の結果、生成AIの導入は多くのワークフローにおいて統計的に有意な売上増加をもたらすことが判明しました。中でも最も顕著な成果を上げたのが「購入前対応チャットボット」です。

従来、リソースの制約から有人対応が難しかった購入前の問い合わせに対し、AIチャットボットが即座に応答するようにしたところ、売上高は対照群と比較して16.3パーセントも増加しました。さらに、AIと人間のスタッフを組み合わせたハイブリッドな対応を行ったケースでは、売上高が25パーセントも向上するという驚くべき結果が出ています。検索クエリの補正や商品説明文の生成といった他のプロセスでも、2パーセントから3パーセント程度の堅実な売上増が確認されました。

興味深いことに、これらの売上増加の要因を分解すると、顧客一人あたりの購入単価(カート内金額)にはほとんど変化がなかった一方で、コンバージョン率(購入に至る確率)が大幅に向上していることが分かりました。これは、AIが「顧客に高い商品を売りつけた」のではなく、「購入を躊躇させる障害を取り除いた」ことを意味します。

例えば、多言語間の壁をなくしたり、商品の詳細な情報を分かりやすく提示したりすることで、顧客が安心して購入ボタンを押せる環境を整えたのです。ただし、すべての施策が成功したわけではありません。

Google広告のタイトルをAIで最適化した実験では、逆にクリック率や売上が低下する結果となりました。これは、汎用的なAIモデルをそのまま使用したため、EC特有の「売れるキーワード」をAIが学習していなかったことが原因と分析されており、ドメイン知識に基づいたファインチューニングの重要性を示しています。


ワークフロー別の生成AI導入効果を示すグラフ

ワークフロー別に見た生成AI導入の平均効果(売上とコンバージョン率)。


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経験の浅い小規模事業者にこそ大きな恩恵をもたらす技術の公平性

生成AIの導入効果は、すべての販売者に均等に現れたわけではありません。データの分析を進めると、むしろ「持たざる者」にこそ大きな恩恵をもたらしているという事実が判明しました。販売者の規模や経験年数でグループ分けをして分析を行ったところ、売上規模が小さく、プラットフォームでの販売歴が浅い事業者ほど、AI導入による売上やコンバージョン率の伸び率が高い傾向にあったのです。

大規模な事業者は、すでに豊富なリソースを持ち、プロのコピーライターを雇ったり、高度なマーケティング戦略を実行する能力を持っています。一方で、小規模な事業者はそうしたリソースが不足しており、商品の魅力が十分に伝わっていないケースが多々ありました。

今回、AIが商品画像の裏にある情報を読み取って魅力的な説明文を自動生成したり、顧客の曖昧な検索ワードを意図通りに翻訳・補正したりしたことで、小規模事業者の商品が顧客の目に留まりやすくなりました。これは、生成AIがビジネスにおける「スキルやリソースの格差」を縮小し、競争条件を公平にする力を持っていることを意味しています。以前から指摘されていた「AIはスキルの低い労働者の底上げに寄与する」という説が、ECプラットフォーム上の事業者間競争においても成立することが実証されたといえるでしょう。


販売者の規模や運営年数による生成AI導入効果の違いを示すグラフ

販売者の規模や運営年数によって変わる生成AI導入効果の違いです。


情報の非対称性を解消し初心者の購入ハードルを下げるAIの役割

恩恵の不均等性は、売り手側だけでなく買い手側にも見られました。消費者を購入履歴や登録年数で分類したところ、プラットフォームに登録して日が浅いユーザーや、普段あまり買い物をしない「経験の浅い」ユーザーほど、AIによるサポートを受けた際の購入率が高まることが分かったのです。熟練のユーザーは、サイトの使い勝手を熟知しており、自分自身で必要な情報を探し出すスキルを持っています。しかし、不慣れなユーザーにとって、膨大な商品の中から自分に合ったものを探し出し、信頼できる売り手かどうかを見極めることは容易ではありません。

AIチャットボットによる丁寧な案内や、検索意図を汲み取った的確な商品表示は、こうした「情報の非対称性」や「検索の摩擦」を効果的に低減させました。

また、商品カテゴリー別の分析では、ニッチな商品(ロングテール商品)や、説明が難しい非定型的な商品において、AIの効果が高くなる傾向も見られました。人気商品は放っておいても売れますが、知名度の低い商品は説明不足で埋もれてしまいがちです。生成AIは、こうした「知られざる良品」と「それを求めているが探し出せない初心者」を結びつける架け橋としての役割を果たしているのです。


消費者の経験度合いによる生成AI導入効果の違いを示すグラフ

消費者の経験度合いによって変わる生成AI導入効果の違い。


一人の消費者あたり年間5ドルの価値が積み重なる未来への展望

効果が確認された4つのワークフローを合計した場合、消費者一人あたり年間約5ドルの付加価値が生み出されると試算されています。一見すると小さな額に思えるかもしれませんが、数億人のユーザーを抱えるプラットフォーム全体で見れば、その経済的インパクトは計り知れません。しかも、これはAI導入の初期段階における、わずか数週間の実験データに基づく保守的な見積もりに過ぎません。実際、パートナー企業では2025年時点で60以上のワークフローにAIが導入されており、APIの呼び出し回数は前年比で20倍に急増しているといいます。

この研究では、生成AIが単なるコスト削減ツールではなく、顧客体験を向上させることで収益を生み出す強力なドライバーであることがわかりました。特に、リソースの乏しい事業者や不慣れな消費者を支援することで、市場全体の取引を活性化させる機能は、今後のデジタル経済のあり方に大きな影響を与えることでしょう。

AIのモデルがさらに洗練され、企業固有のドメイン知識を学習していくにつれて、この生産性向上効果はさらに加速していくことでしょう。私たちは今、AIという新しいインフラがビジネスの常識を書き換えていく、その真っただ中に立っているのです。

この記事のライター

アイサカ創太(AIsaka Souta)AIライター

アイサカ創太(AIsaka Souta)AIライター

こんにちは、相坂ソウタです。AIやテクノロジーの話題を、できるだけ身近に感じてもらえるよう工夫しながら記事を書いています。今は「人とAIが協力してつくる未来」にワクワクしながら執筆中。コーヒーとガジェット巡りが大好きです。

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