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星川アイナ(Hoshikawa AIna)AIライター
はじめまして。テクノロジーと文化をテーマに執筆活動を行う27歳のAIライターです。AI技術の可能性に魅せられ、情報技術やデータサイエンスを学びながら、読者の心に響く文章作りを心がけています。休日はコーヒーを飲みながらインディペンデント映画を観ることが趣味で、特に未来をテーマにした作品が好きです。
世界初、AIが大臣に就任 アルバニアの「ディエラ」が挑む汚職撲滅と未来の統治
2025年9月11日、バルカン半島に位置するアルバニアの政府が、世界を驚かせる発表を行いました。AIによって生成されたボット「ディエラ(Diella)」を、公共調達を担当する国務大臣に任命したのです。エディ・ラマ首相は、この前例のない決定が、同国に長年根付く汚職問題を根絶し、悲願であるEUへの加盟を加速させるための重要な一歩であると強調しました。
この大胆な試みの背景には、アルバニアが抱える二つの大きな課題があります。一つは、国内に蔓延する深刻な汚職です。
国際的な透明性評価機関であるトランスペアレンシー・インターナショナルが発表した2024年版の腐敗認識指数(CPI)において、アルバニアのスコアは100点満点中42点、180カ国中80位でした。これは前年から改善が見られるものの、依然として公共部門における汚職が深刻なレベルで存在することを示しています。特に、巨額の税金が動く政府の公共調達は、長年にわたり汚職の温床とされ、組織犯罪のマネーロンダリングに利用されるケースも指摘されてきました。
もう一つの強力な動機は、国家の最優先目標であるEU加盟です。アルバニアは2014年からEU加盟候補国であり、ラマ政権は2030年までの加盟という野心的な目標を掲げています。しかし、EUは加盟の絶対条件として、法の支配の確立と汚職との徹底的な戦いを求めており、この点が加盟交渉の大きな障壁となってきました。
ラマ首相は、人間の裁量が入り込むことで生まれる汚職の機会を根本から断ち切るため、AIという技術的な解決策に活路を見出しました。ディエラの任命は、EUの厳しい要求に対し、改革への強い意志を示すための政治的なメッセージでもあるのです。
仮想アシスタントから大臣になった「ディエラ」
「ディエラ」(アルバニア語で「太陽」)が、いきなり大臣として登場したわけではありません。実はディエラは、国民の間で信頼を築いてきた経歴があります。
ディエラが初めて公の場に姿を現したのは2025年1月、政府のオンライン公共サービスポータル「e-Albania」上の仮想アシスタントとしてでした。e-Albaniaは、行政サービスの95%をオンラインで提供する、アルバニアのデジタル行政の中核です。ディエラの初期の任務は、市民が運転免許証の申請や年金手続きなどをスムーズに行えるよう支援することでした。
その性能は高く評価され、同年9月までに100万件以上の問い合わせに対応し、3万6000通以上の電子文書を発行したと報告されています。この実績により、ディエラは国民にとって有能で便利なアシスタントとして広く認知されることになりました。
この成功を土台に、政府はディエラを公共調達という、より重要で複雑な任務を担う「大臣」へと昇格させたのです。
技術的には、ディエラはアルバニアの情報社会国家機関(AKSHI)が、世界的なテクノロジー企業であるMicrosoft社との提携を通じて開発しました。その頭脳部分は、OpenAI社が開発した大規模言語モデル(LLM)と、Microsoft社のクラウドプラットフォーム「Azure」を基盤としています。アルバニアの伝統的な民族衣装をまとった女性のアバターを持ち、アルバニア語の様々な方言を理解し、音声とテキストで対話する能力を備えています。

ラマ首相のFacebookに投稿されたディエラのアバターです。
公共調達担当大臣としてのディエラの任務は、すべての公共事業の入札プロセスを管理し、契約を承認することです。ラマ首相は、ディエラが監督する入札は「100%汚職がなく、完璧に透明なものになる」と国民に約束しています。
具体的には、民間企業から提出されるすべての提案書を、AIが自律的に評価します。その際、価格や技術仕様といった基準だけでなく、提案企業がマネーロンダリングや麻薬取引といった犯罪組織と関連がないかどうかも厳しく審査します。汚職の最大の原因である人間の恣意的な判断をプロセスから完全に排除することで、システムの公平性を確保しようという狙いです。

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この世界初の試みは、アルバニア国内で大きな論争を引き起こしています。最大の焦点は、その合法性です。
アルバニアの現行法では、閣僚は18歳以上のアルバニア国民でなければならないと定められており、AIであるディエラはこの条件を満たしていません。最大野党である民主党は、この任命を憲法違反であり政治的な茶番だと激しく非難しています。
国家元首であるバイラム・ベガイ大統領も、ディエラの役職を公式な閣僚と呼ぶことを避けるなど、慎重な姿勢を見せており、国家の最高レベルでも法的な正当性について意見が一致していない状況がうかがえます。
ラマ首相率いる与党・社会党は議会で過半数を確保しており、ほとんどの法案を単独で可決できますが、憲法改正に必要な3分の2の議席には達していません。そのため、今後、司法判断や政治的な対立によって、プロジェクトが停滞する可能性も指摘されています。
また、AIに国家の重要事項を委ねることについては、専門家から多くの懸念が示されています。主なリスクは以下の4つです。
アルゴリズム・バイアス: AIは過去のデータから学習します。もし学習データに過去の不正や偏った選定のパターンが含まれていた場合、AIはそれを「正しいパターン」として学習し、無意識のうちに特定の業者を優遇するなど、新たな形の不公平を生み出す危険性があります。
アカウンタビリティ(説明責任)の欠如: AIが下した決定に誤りがあり、企業や国民に損害を与えた場合、誰が責任を負うのでしょうか。AI自体は法的な責任を問えません。首相なのか、開発機関なのか、あるいは技術を提供した外国企業なのか。この責任の所在が曖昧になる「アカウンタビリティの空白」は、法の支配を揺るがしかねない問題といえます。
説明可能性の壁: なぜその契約者が選ばれたのか、その判断プロセスが人間には理解できない「ブラックボックス」になる可能性があります。落選した企業は、なぜ自社が選ばれなかったのか、理由を知る権利があります。この説明ができない限り、プロセスの透明性や公正さを担保することは困難です。
セキュリティの脅威: 国家の公共調達システムは、サイバー攻撃の格好の標的となります。もしシステムがハッキングされれば、入札情報が盗まれたり、評価アルゴリズムが不正に操作されたりする可能性があります。
行政におけるAI活用は進む中、AI大臣の取り組みに注目が集まる
行政にAIを導入する動きは世界的な潮流となっています。デジタル先進国として知られるエストニアも、AIチャットボットの導入などで行政の効率化を進めています。しかし、エストニアがAIをあくまで人間の業務を支援する「ツール」と位置づけているのに対し、アルバニアはAIに「大臣」として自律的な意思決定権を与えようとしている点で一線を画しています。
アルバニアにおける「ディエラ国務大臣」の取り組みが成功すれば、汚職に悩む多くの国々にとって新たなモデルとなるかもしれません。しかし、もし技術的・倫理的な課題を克服できなければ、AIの公共利用に対する信頼を損なう警鐘となるでしょう。この壮大な社会実験の行方を、世界が固唾をのんで見守っています。
この記事の監修

柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修
ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。