AIニュース

PayPalが開発した「Co-Investigator AI」が実現する金融犯罪捜査の未来

-

-

  • facebook
  • line
  • twitter
PayPalが開発した「Co-Investigator AI」が実現する金融犯罪捜査の未来
アイサカ創太(AIsaka Souta)AIライター

アイサカ創太(AIsaka Souta)AIライター

こんにちは、相坂ソウタです。AIやテクノロジーの話題を、できるだけ身近に感じてもらえるよう工夫しながら記事を書いています。今は「人とAIが協力してつくる未来」にワクワクしながら執筆中。コーヒーとガジェット巡りが大好きです。

金融犯罪捜査におけるAI技術の活用イメージ

金融犯罪捜査の未来を変える「Co-Investigator AI」

今回は、2025年9月10日、金融テクノロジー大手のPayPalに所属する研究者たちが発表した論文「Co-Investigator AI――より賢く信頼できるAML(アンチ・マネー・ロンダリング)コンプライアンス・ナラティブのためのエージェント型AIの台頭(Co-Investigator AI: The Rise of Agentic AI for Smarter, Trustworthy AML Compliance Narratives)」についてご紹介します。

金融業界では、マネーロンダリングやテロ資金の供与といった不正行為を監視し、疑わしい取引を報告する「アンチ・マネー・ローンダリング(AML)」が極めて重要な業務とされています。しかし、その報告書の作成には膨大な時間と労力を要し、専門家の大きな負担となっていました。

近年、その解決策として大規模言語モデル(LLM)の活用が期待されていますが、情報の正確性という点で大きな課題を抱えています。今回発表された「Co-Investigator AI」は、まさにこの課題に正面から向き合い、AIと人間の新しい協業の形を提示する画期的なフレームワークなのです。

なぜ従来のやり方では限界なのか? 生成AIの「ハルシネーション」という壁

金融機関のコンプライアンスチームが作成する「疑わしい活動の報告書(SAR)」は、規制当局や法執行機関にとって不可欠な情報源となっています。しかし、この報告書一つを仕上げるために、取引データや顧客情報、関連する通信記録など、多岐にわたる情報を手作業で収集・分析する必要がありました。

米国の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)の調査によれば、報告書の最終準備段階だけでも、案件の複雑さによっては25分から315分もの時間がかかるとされています。さらに、担当する調査官の経験や解釈によって報告書の品質にばらつきが生じ、コンプライアンス上のリスクとなる可能性も指摘されていました。

では、この時間のかかる作業を生成AIに任せれば良いのでしょうか。実は、そう単純な話ではありません。研究チームがGPT-4のような高性能なLLMを使って実験したところ、単純なケースではそれらしい文章を生成できたものの、複数の人物が絡む複雑な金融犯罪のシナリオでは、事実に基づかない情報を捏造する「ハルシネーション」が頻発したのです。

論文によれば、LLMが生成するコンテンツのハルシネーション率はしばしば20~30%を超えるという報告もあり、規制が厳しい金融業界では到底受け入れられないレベルです。

AIが生成した文章のどこが間違いなのかを人間が一つひとつ確認し、修正する作業は、結局のところ、ゼロから書くのと変わらない、あるいはそれ以上の負担になりかねません。AIの進化は目覚ましいですが、こうしたネガティブな側面にもしっかりと目を向ける必要があります。

AIがチームを組む!「Co-Investigator AI」のモジュラー・アーキテクチャとは

Co-Investigator AIが画期的なのは、単一の巨大なAIにすべてを任せるのではなく、それぞれ専門分野を持つ複数の「AIエージェント」が連携して動くチームのような構造を採用している点です。これは「モジュラー・アーキテクチャ」と呼ばれ、複雑なタスクを小さな機能に分解することで、システム全体の信頼性と精度を高めるアプローチです。

例えば、システムにはまず「AI-Privacy Guard」という門番役のエージェントがいます。このエージェントは、LLMにデータを渡す前に、個人情報や口座番号といった機密情報をすべて匿名化し、プライバシーを保護する重要な役割を担います。次に、「Crime Type Detection Agent(犯罪タイプ検出エージェント)」が、データの中から高齢者を狙った詐欺やロマンス詐欺といった犯罪の類型を自動で見つけ出します。

そして、全体を指揮する「Planning Agent(計画エージェント)」が、検出された犯罪タイプに応じて、取引の異常を検知するエージェントや、地理的な不審点を洗い出すエージェントなど、さらに専門的な調査を行うサブエージェントたちを起動させます。

天秤AI byGMO

今すぐ最大6つのAIを比較検証して、最適なモデルを見つけよう!

無料で天秤AI by GMOを試す

外部のニュースや制裁リストを検索する「External Intelligence Agent(外部情報エージェント)」も連携し、多角的な情報を収集。最後に、これらの情報をすべて統合し、「Narrative Generation Agent(報告書生成エージェント)」が、思考のプロセスを明示しながら報告書のドラフトを書き上げるのです。生成されたドラフトも、規制要件を満たしているか「Compliance Validation Agent(コンプライアンス検証エージェント)」が厳しくチェックします。まるで優秀な専門家チームが連携して調査を進めているようですね。

人間とAIの理想的な協業! 「ヒューマン・イン・ザ・ループ」という思想

Co-Investigator AIの設計思想で重要なのは、AIが人間の仕事を完全に代替する全自動システムを目指していない点です。このフレームワークは、「ヒューマン・イン・ザ・ループ」、つまり常に人間がプロセスに関与し、最終的な意思決定権を持つことを前提に構築されています。AIが生成するのは、あくまで網羅的で精度の高い「ドラフト(下書き)」であり、それを受け取った人間の調査官が、自らの専門的な知識や経験、そして直感に基づいて内容をレビューし、最終的な仕上げを行います。

金融犯罪の現場では、データだけでは読み解けない微妙なニュアンスや背景が存在します。AIは膨大なデータを処理し、パターンを見つけ出すのは得意ですが、そうした文脈を完全に理解するのはまだ難しいのが現状です。だからこそ、AIの圧倒的な処理能力と、人間の持つ高度な判断力を組み合わせるアプローチが不可欠なのです。

研究チームは、調査官がAIのドラフトを簡単に編集・修正できる専用のインターフェースも用意しており 、人間からのフィードバックが次のAIの生成に活かされる仕組みも取り入れています。これは、AIを単なる「道具」として使うのではなく、共に成長していく「パートナー」と捉える新しい考え方と言えるでしょう。

驚異の効率化! 専門家評価で明らかになった「61%の時間削減」という事実

では、このCo-Investigator AIは実際にどの程度の効果を発揮するのでしょうか。論文では、グローバルな大手フィンテック企業に所属する、AML調査の経験が豊富な6名の専門家による実証評価の結果が報告されています。その結果は、非常に説得力のあるものでした。

まず、AIが生成した報告書のドラフトの完成度は、平均で70%と評価されました。特に、特定の犯罪類型においては、完成度が87%に達し、人間の調査官はわずかな修正を加えるだけで報告書を完成させることができたそうです。その結果、調査官は報告書作成にかかる時間を平均で61%も削減できたのです。

個別の機能を見ても、その性能の高さがうかがえます。「Location-Based Anomaly Detection(位置情報に基づく異常検知)」モジュールは100%の精度を達成し、「Account Integrity Monitoring(アカウントの健全性監視)」は93%、「Dispute & Chargeback Pattern Analysis(チャージバックパターンの分析)」は90%という高い評価を得ています。

Co-Investigator AIが単なる理論上のコンセプトではなく、実務において確かな価値を提供できる強力なソリューションであることを証明しているといえます。

AIは「代替」ではなく「最高の相棒」へ

今回紹介した「Co-Investigator AI」は、AI技術が専門的な業務をどのように変革しうるか、その具体的な姿を示してくれました。特に、ハルシネーションという生成AIの根本的な課題に対し、複数の専門エージェントを連携させ、かつ人間の専門家による監督を組み込むというアプローチは、非常に現実的で優れた解決策です。評価結果で示された「61%の時間削減」という数値は、この技術がもたらす生産性向上のインパクトの大きさを物語っています。

このフレームワークが示す未来は、AIが人間の仕事を奪うというディストピア的なものではありません。むしろ、AIが人間を時間のかかる定型業務から解放し、本来人間がやるべきである、より高度で創造的な分析や判断に集中させてくれる、そんな協業の未来です。この考え方は、今後、医療や法務、研究開発など、様々な専門分野へと広がっていくと考えられています。


この記事の監修

柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修

柳谷智宣(Yanagiya Tomonori)監修

ITライターとして1998年から活動し、2022年からはAI領域に注力。著書に「柳谷智宣の超ChatGPT時短術」(日経BP)があり、NPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立してネット詐欺撲滅にも取り組んでいます。第4次AIブームは日本の経済復活の一助になると考え、生成AI技術の活用法を中心に、初級者向けの情報発信を行っています。

天秤AI by GMOイメージ

最新のAIが勢ぞろい! 天秤AI by GMOなら、最大6つのAIを同時に試せる!

無料天秤AI by GMOを試す